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タイトルGESORTING 164 弥生前半
記事No82
投稿日: 2009/03/15(Sun) 03:57:18
投稿者geso
[遂に花粉症か? 眼が痒い]
 本屋へ行くのを控えているから,今月はまだ6冊しか買っていない.全部古本で,うち2冊は結果的にダブりである... このくらいに留めといて,なるべく積ん読の消化に努めたいものだ.

○奥泉光『モーダルな事象』(文春文庫 2008.親本2005)
 「ブックセンターいとう」という古本チェーンの昭島店で1月に購入したもの.
 読了後,高橋源一郎のつまらん解説が付いた文庫版よりも,作者インタビューを含む懇切な解説付きの親本にすれば良かったと後悔して先頃Amazonで買い直し,結局高くついた.文庫版は水木くんに進呈.
 作品内容は『鳥類学者のファンタジア』(集英社 2001)や『新・地底旅行』(朝日新聞社 2004)に関連するものの,今回はメタ度もファンタジー度もやや低めで,本格ミステリの正道に近いが,諧謔振りはやはり一筋縄では行かない.物語の時制が戻ったり進んだりするけれど,「現在」の設定が1999年になっていることから,更に続編が書かれるものと予想/期待される.
 奥泉作品には「文学は終わってる.小説なんか書いても無駄.そんなことは分かってる... それでもやるんだよ,時には敢えて縛りの多いミステリ形式で!」という気概――実際にはそんな記述はなくて俺の妄想だけど――が感じられて好もしい.技法の一つに過ぎぬとは言え文体が金井美恵子調になってて嫌なときもあるけれど.

△西澤保彦『腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿』(実業之日本社 2005)
 安楽椅子探偵ものの連作ミステリだが,探偵自体の存在感は故意に薄く描いてある.西澤作品としては,超能力が出て来る「チョーモンケン」シリーズみたいなものよりも,本作のようなオーソドックス――でもダークかつユーモラス――なものの方が好み.続編も出ているので,読みたい.

○「ユリイカ 3月号」(青土社 2009)
 諸星大二郎特集なので買おうと思っていたところ,奥泉本への返礼か,水木くんが送付してくれた.感謝.
 色んな人が好き勝手に分析して書いているが,面白かった記事は,夏目房之助と都留泰作という二人の「実作者」による対談と,かつて「諸星大二郎(西遊妖猿伝の世界)」(双葉社 1986)というムックを手掛けた竹熊健太郎へのインタビューの二本.諸星本人へのインタビューもまぁ面白かった.
 この号に触発されて久々に上記ムックを掘り出し読み返して,手塚治虫・諸星大二郎・星野之宣の鼎談で手塚御大の結構嫌な性格――「若い奴らの芽を摘んだれ」って感じ――が出て来るところや,宮崎駿がインタビューで諸星ファンを宣言するところ――パクった?キャラクターや場面も実在するのでなるほどと思わせる――を,再確認した.
 ついでに「栞と紙魚子」シリーズを読み返したら止まらなくなり,既刊6冊を一気読み.更に「グリムのような」2冊も.
 因みに,俺は諸星を読むと倉地久美夫を思い出す.諸星の絵が諸星の漫画の為だけに特化されたものであることと,倉地の歌と演奏が倉地の音楽の為だけに特化されたものであることに,相同性を感じるからなのだと思う.絵柄(倉地は漫画も描く)は似てないが.

○島村英紀『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫 2007)
 政治的背景の存在を匂わせるでっちあげ事件で逮捕,171日間勾留され(しかも接見禁止),被害者もいないのに詐欺罪で執行猶予付き有罪判決を受けるという不条理極まる災難に遇った地震学者による獄中ルポ.
 佐藤優作品が文官的な観察記録なら,島村英紀作品は科学者的な観察記録という趣で,内容は深刻なのに無茶苦茶面白い.
 窓から扉から食器から,勾留中身辺にあったあらゆるモノの寸法を細かく記録できたのは,普段から指の長さや掌の幅を物差し代わりに採寸する習慣があったからなんだろうな,と『とろける鉄工所』のベテラン溶接工 小島さんを連想した.食事メニューの事細かな記録も凄い.
 花輪和一『刑務所の中』『刑務所の前』に匹敵する観察力と記憶力であるが,何よりも不屈の精神・沈着冷静さ・ユーモアに驚く.
 塀の中は決して入りたくない場所であるが,身に覚えのない容疑でぶち込まれる可能性は誰にでもあるという想像力は持ってしかるべきだ――映画『それでも僕はやってない』を観た人なら了解できる筈.
 起訴されたら100%近くが有罪にされてしまう日本の裁判は確かに異常だが,最強の暴力装置である国家権力を相手に闘ってもまず勝ち目はないから,時間とカネの無駄を考慮して控訴を諦めた筆者の判断は,現実的だしやむを得ないことだと思う.でも,一読者としても腹が立つくらいだから,当人の腸は煮えくり返ってるんだろう,本当は...

○クリストファー・ノーラン『バットマン ビギンズ』(2005 米)
○同『ダークナイト』(2008 米)
 『ビギンズ』は予習のためにDVDで鑑賞.カンフー映画と忍者映画とスター・ウォーズをごた混ぜにしつつもダークでシリアス.昔のテレビ版と較べて,随分遠くまで来たもんだと思った.
 レイトショーで観た『ダークナイト』は更に暗い.「正義」の為に,敢えて堕ちたヒーローの汚名を纏ってヒーローならぬ dark knight――ナイトって night じゃなかったのね――として去っていくハードボイルドなバットマン.
 バットマン新シリーズは,派手な破壊シーンにも事欠かないが,他のヒーロー映画とは一線を画す複雑で暗い味わいを持っている点が魅力的だ.
 だけど,このまま世界不況が続けば,ハリウッドもこんなにカネをかけた映画を作れなくなる可能性が高い... 貧乏臭い日本映画みたいな作品ばかりになったりしたら,それはそれで面白いかも知れないけど.

 『銭ゲバ』最後の2話の内容に関して,俺の予想はやはり外れた... ダイナマイトで自爆するとはなー.
 日テレの番組審議会から「もう少し明るく救いのあるものに」「主人公にも良心があることを描いて欲しい」などといった作品の意義を無視した陳腐な批判を浴びていたけれど――まぁ審議会なんてガス抜きのためにあるんだろうが――それにちょっと応えたつもりなのか,やや間延びした甘い展開になっていたのが残念である.
 最終回が『エヴァ』TV版最終話を彷彿させるものだったのは意外だったけど,狙った効果が現せたかどうかは,疑問.

2009.03.14 GESO