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タイトル2010/03/31■177 忙しくても読んでいる
記事No258
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:17:23
投稿者管理人
△クラウス・シュルツェ・ライヴ・イン・ジャパン2010(3/20 東京国際フォーラム ホールC)
 今更の初来日.アナログ・シンセの音を2時間も浴びたのは,何十年ぶりだろうか.シュルツェ――しっかり老けてた――は,きっと子供の頃からオーケストラの指揮者になりたかった人なんだろうな,と思わせるロマン派じみた楽曲.シンフォニック・ロックは好きじゃないけど,今回は懐メロとして楽しんだ.前半の途中,うっかり眠ってしまったが...
 それにしても,大量のプログレびと――平均年齢高し――を目の当たりにして,どこから湧いてきたんだろう?と訝った.

○小泉喜美子『弁護側の証人』(集英社文庫 2010.親本 文藝春秋新社 1963)
 長らく絶版で入手困難だった/図書館でもいつも貸出中で読めなかった幻の小説が復刊したので,早速購入.「尊属殺」(←今はない)で死刑を求められた被告が,最後の切り札に呼び出した「弁護側の証人」とは一体誰...?
 昭和38年の作品ということもあって文章はやや古臭いが,内容は全く古びていない傑作.終盤の法廷シーンで図と地が反転するかのような眩暈に襲われる快感を楽しめない人は,多分ミステリの読者には向いていない.
 解説の道尾秀介は,本書を「誰にも教えたくない一冊だった」,作者の技巧を「少しでも引き継いでいければ」と率直に告白しているが,納得.確かに影響は感じられる.
 小泉喜美子は中島らもが死ぬ19年前(1985年)に,らもと同じ死に方をしている.階段が狭くて急な飲み屋には要注意ですよ.

○佐藤哲也『イラハイ』(新潮文庫 1993.親本 新潮社 1988)
 架空の古代国家「イラハイ」が滅亡するまでを描いた,第5回日本ファンタジーノベル大賞受賞作.筒井康隆の衣鉢を継ぐ「哄笑の文学」であることは歴然.登場人物が物語の要請によって動いていることを明示する仕方は筒井以上にシニカルなので,「ファンタジー」としては如何なものかとも思う.
 酒見賢一――この人も筒井の末裔――の同賞受賞作『後宮小説』は,毒気を抜かれた形とはいえ辛うじてアニメ映画化されたけれど,『イラハイ』の場合は温くしたら台無しだから,映像化はまず無理だろう.
 山之口洋や森見登美彦みたいな納得のいかない受賞の例もあるが,それでもファンタジーノベル大賞は,芥川賞や直木賞よりも入選作のレヴェルが高い.そう言えば,佐藤哲也・佐藤亜紀は,夫婦共に大賞を獲っている珍しい例だった.
 残念なのは,p.306に致命的な誤植があること――新潮社ともあろうものが.

○飴村行『粘膜蜥蜴』(角川ホラー文庫 2009)
 香山滋や小栗虫太郎の秘境冒険小説に無制限のエログロナンセンスを加味した作風は,荒唐無稽で気持ち良い.石原豪人の挿絵で読めたらいいだろうなぁ... 漫画化するなら誰がいい――昔の山上たつひこあたりか?
 荒唐無稽と言えば,最近のテレビドラマでは「左目探偵EYE」が「レインボーマン」を思い起こさせる無茶苦茶ぶりで楽しかった(脚本 秦建日子).たまにはこういうものも必要である.

○柄刀一『密室キングダム』(光文社 2007)
 三重密室の中でのマジシャンの死に始まる連続密室殺人を描いた大作.山田正紀『ミステリ・オペラ』とは全然タイプが違うが,これもまた「昭和」と「探偵小説」への鎮魂歌の趣.下手ではないが余裕を感じさせない文章はミステリに特化したものなので,ファンにしか受け入れられないかも知れないけれど,この作品が書きたくて作家になったに違いないと思わせる力の入り方には感銘を受ける.

○蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』『同 2』(メディアファクトリー 2009・2010)
 現役日本語学校教師の実体験を描いた「日本語"再発見"コミックエッセイ」.実際,再発見したことは多々あり.
 飯田朝子のように,ものの数え方だけで何冊も本を書けるくらいだから,ニホンゴ,ムツカシイデス.

○武富健治『鈴木先生 9』(双葉社 2010)
 生徒会選挙編の完結編.依然テンション落ちず,一気に読ませる.やっぱり凄い漫画.

△篠田正浩『乾いた湖』(1960 日)
 60年安保が刻印された「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」の1本.脚本は寺山修司――学生役!で出演もしてる――だが,登場人物も筋書きもあまりに類型的/図式的すぎて鼻白む.良かったのは,これがデビュー作の初々しい岩下志麻,女子大生役が珍しい炎加世子,クールでジャジーなナンバーを主にした武満徹の音楽,ぐらいかしら.

○同『夕陽に赤い俺の顔』(1961 日)
 これも寺山脚本だが,『殺人狂時代』や『殺しの烙印』を想起させる軽いダークコメディで楽しめた.主演は川津祐介と岩下志麻だけど,むしろ彼らと敵対する「下町殺し屋クラブ」――炎加世子・内田良平・渡辺文雄・水島弘・諸角啓二郎・三井弘次・平尾昌章・小坂一也という豪華?な面々――の方が,無意味に大人数だし何かにつけて歌って踊るので面白い.ダークダックス――出演もしてる――による軽薄な主題歌も素敵.音楽は山本直純.サントラCDもDVDも出ていないのが残念.

○本間健彦『高田渡と父・豊の「生活の柄」』(社会評論社 2009)
 高田渡父子の評伝.殆どが父親に関する記述だが,不満は感じさせない.繰返しが多かったりして器用とは言えないけれど,臨場感が溢れる良い文章である.高田渡の自伝『バーボン・ストリート・ブルース』と併読すれば,この父子が共有する反骨精神をより良く理解できる.
 因みに,俺は高田渡の声は男の声としては最も色っぽい――姜尚中なんて目じゃない――と思っていて,歌だけじゃなく語りを聞いても陶然とするのだけれど,何故か今まで誰の賛同も得たことがない.

○一条ゆかり『プライド 12』(集英社 2010)
 急転直下の完結編.デビュー40年を超えてなお,今までで一番描くのが大変な作品でやり甲斐があったと述懐してるところや,八方丸くは終わらせない決着の付け方に,強いプロ意識を感じる.

◎ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』(小学館文庫 2008.原著 2005)
 大雑把に分類すればホラーなんだろうけど,ジャンル小説に収まり切れない深さと拡がりを持つ18編は,どれもこれも高水準な傑作.短編集を読んでこれだけ粒揃いだと感じたのは,小学生のとき読んだ『10月はたそがれの国』以来かも知れない.長編も読んでみたい.

○蒼井上鷹『堂場警部補の挑戦』(創元推理文庫 2010)
 普通のミステリも書けるだろうに,絶対直球を投げないことを矜持としているかのような,当代一ひねくれたミステリ作家の最新短編集.連作なのに一編ごとに破局を迎えるところが凄い.臍曲がりもここまで徹底していると気持ち良い.

△原宏一『大仏男』(実業之日本社 2010)
 原作品の構造自体はオーソドックスな起承転結型で,「起」の部分の奇想,「承」における論理のエスカレーション,「転」における因果応報的な破局,それでも後味が良い「結」,という特徴を持つ.通常,このうち「起」と「承」に作者の個性が顕れるのだが,本作は残念ながらそれが乏しい.青春小説の味わいを付加している点に特色はあるものの,売れない漫才コンビの相方(大仏顔)を偽霊能力者としてデビューさせたら爆発的に売れて政財界をも巻き込み...という物語は,この作者でなくても書けたであろう.
 この手の偽霊能力者や偽教祖を担ぎ出した宗教団体の内幕を描いた小説は沢山あるし――印象に残っているのは,昔あかなる〜む管理人から借りた白龍仁『小説 霊感商人 上下巻』(出版研 1987)――ホット/コールド・リーディングの手口を暴いた本も少なからずあるのに,進んで偽霊能力者に騙されたがる人たちが後を絶たないのは不思議だけれど,結局,「この世は理不尽なことだらけだから、理不尽を乗り越えるためには霊っていうものを介して説明されて励まされないと乗り越えられない人たちがたくさんいる」(本書p.293)ということなのだろう...凡庸な見解で詰まらないですが.

 他に読んだ「古典」.△コーネル・ウールリッチ『黒衣の花嫁』(改訳版.ハヤカワ・ミステリ文庫 1983.原著 1940),○連城三紀彦『戻り川心中』(講談社文庫 1983.親本 1980).映画版『もどり川』(1983)も観てみたいのだが,DVD化されていないようだ.残念.

2010.03.31 GESO