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タイトル2010/10/23■185 セデスだのバファリンよりもロキソニン
記事No266
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:24:52
投稿者管理人
[久々の激情/劇場映画]
○三池崇史『十三人の刺客』(2010 日本)
 村を要塞化して敵を迎え撃つという時代劇の原型は,『七人の侍』だろうか?
 先に観ておきたかった工藤栄一監督によるオリジナル版(1963)は,ツタヤのDVDがずっと貸出中で観られず.
 工藤版では13人対53騎で戦ったということだが,三池版では13人対二百何十騎とかで,相当無茶なことになっている.でも結局,奇計も駆使して「為すべきこと」(=明石藩主暗殺)は為されてしまうのである.
 天願大介脚本の所為なのか,三池作品にしてはかなり抑えた演出になっているが,エンディングが今ひとつなのはいつもどおり.だがファン以外の鑑賞にも耐えるから,三池監督の代表作になるかも知れない.
 兎も角,シンプルな筋書きに徹して最後の乱戦シーン――20〜30分?――に注力し,勢いで見せた演出は正解.平田弘史の漫画が実写化されたかような爽快感がある――血塗れだけどさ.
 稲垣吾郎のニヒルで嗜虐的な藩主役は結構ハマってて良かったが,残虐非道の「限りを尽くした」と言うには物足りず,鬼畜なシーンをあと一つ二つ入れた方がバランスがとれて良かったのでは? でもアイドル――薹が経ってるけど一応――としての制約下では,頑張っていたと思う.
 他方,伊勢谷友介がお下劣ギャグのシーンを含めておいしい所を攫っていたり,松方弘樹の殺陣が別格だったり,見所豊富で,久々に見応えある邦画であった.

[飽きずに読書/読書の秋]
○杉浦日向子『呑々草子』(講談社文庫 2000.親本1994)
 間違って昭和に生まれた江戸の人=杉浦日向子と相方ポ嬢の,足の向くまま気の向くままの道中記.
 はとバス エンジョイナイトコースに参加したり,飛騨の裸祭を観に行ったり,香川まで讃岐うどんを食べに行ったり,東京の地酒の蔵元を見学したり,鹿児島までバスで行ってとんぼ返りしたり,末期のジュリアナ東京で踊ったり.ベニテングタケを食べたり... それほど特殊な所には出向いていないが,何処でも鯨飲馬食,日程的にもかなり無茶している.今から思えば,命懸けの暇潰しだったのだろう.
 杉浦の一見巫山戯た雑文から滲み出る明るい虚無に触れると,掛け替えのない戯作者を失ってしまった淋しさを覚えずにはいられない.

△松井今朝子『今朝子の晩ごはん 忙中閑あり篇』(ポプラ文庫 2009)
○同『三世相』(角川春樹事務所 2007)
○同『そろそろ旅に』(講談社 2008)
 暫く読んでなかった松井作品を纏め読み.ブログ本『晩ごはん』シリーズは――時折鋭い劇評などがあっておぉ!と思ったりするけど――まぁどうでもいいと言えばいいのだが,小説にはハズレなし.
 『三世相』は並木拍子郎種取帳シリーズ三作目で,地味な人情噺ながら一応ミステリ.良くも悪くも安心して読める.
 『そろそろ旅に』は杉浦日向子が一番好きだった大江戸バブル期=天明時代が主な舞台となる,十返舎一九の半生を描いた小説.武士に生まれながら町人になった一九は,近代的自我を持ったデラシネであるのに加えて,自分の身代わりになって死んだ幼友達が中に入ってる二重人格者として描かれる.当時にあっては相当きびわるい存在だと思われるが,現代人には感情移入できるのではないかしら.後半やや駆け足になるのが残念だけど,読み応えあり.

○南條竹則『りえちゃんとマーおじさん』(ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスedge 2006)
 『酒仙』の作者だから不味い小説を書く訳がなく,案の定 読めば直ちに中華料理が食べたくなる美味しい小説だった.

○美内すずえ『ガラスの仮面 45』(白泉社 花とゆめCOMICS 2010)
 物語としては端々まで陳腐と言っていいし,作中の演技論に首肯できる訳でもないのに,どうしてこんなに面白いのか? 物語のあらゆるツボを押さえているからだろうか.

○武富健治『鈴木先生 10』(双葉社 2010)
 奇しくも文化祭向け演劇バトル編(前編).ここで熱く語られる演技論を全面的には支持できないにせよ,作者に演出の実体験があることは疑い得ない.どこでやってたんだろう?
 この濃密な漫画も,どうやら次巻で完結するらしい.

○清野とおる『東京都北区赤羽 5』(Bbmfマガジン 2010)
 これも相変わらず面白い.「赤羽」の力か作者の力か?――多分両方.

○ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ U』(エンターブレイン 2010)
 Tを読んで,テーマが「お風呂」限定じゃネタが尽きるんじゃないかと心配したけれど,杞憂だった.
 個々のエピソードに加え,全体を通しての太いストーリーも見え始め,ますますもって面白い.

○皆川博子『たまご猫』(ハヤカワ文庫JA 1998.親本 中央公論社 1991)
 皆川はオールラウンドの小説家だが,本来は冥界からの使者の如き怪奇幻想惨酷頽廃美の人.
 殆どの収録作品が中間小説誌(←死語?)から発注されたものだったためか,マニアックになりすぎぬように,かつ,格調を落とさぬように,制御された職人技で書かれており,見事な出来映え.

○井上雅彦監修『ひとにぎりの異形』(光文社文庫 2007)
 傍系の企画本を含めると既に50冊を超える「異形」シリーズは,未だ数冊しか読んでいないけれど,偉業と言っていいと思う.
 本作は81人の作家によるショートショート――一齣漫画を含む――を81編収録したアンソロジー.「おーい。でてこーい」のように歴史に残りそうな名作こそないものの,水準は高く,楽しめる.
 皆川博子は異形シリーズにもしばしば参加しているが,常にも増して奇想を凝らした作品を寄せることが多いようだ.本アンソロジー収録の「穴」というタイポグラフィックな作品も,78歳(当時)とは思えぬ若々しさを感じさせる.

○東雅夫 選『皆川博子 作品精華 幻妖 幻想小説編』(白泉社 2001)
 『死の泉』以来久々の皆川マイブーム/高校時代以来久々の幻想小説マイブームが来ている感じ... 多分現実逃避なんだけどね.
 それは兎も角,本書は選りすぐりの短篇を集めた 読むドラッグ.冒頭作品「風」からいきなりぶっ飛んでいる.作品の配列も絶妙(←これは選者の功績).それだけに僅かな誤植と表記不統一の瑕疵が残念.だけど,なんで白泉社?

○日本推理作家協会編『最新ベスト・ミステリー 不思議の足跡』(光文社カッパ・ノベルス 2007)
 伊坂幸太郎・石持浅海・恩田陸・鯨統一郎・桜庭一樹・柴田よしき・朱川湊人・高橋克彦・畠中恵・平山夢明・松尾由美・道尾秀介・宮部みゆき・山田正紀・米澤穂信というラインナップは,豪華と言っていいんでしょう.
 探偵役が人間じゃない作品が多く,それ以外の作品も概して「奇妙な味」が売りで,オーソドックスなミステリが一編も入っていない点が特色だが,このアンソロジーもまた水準が高くて,楽しめる.

△神林長平ほか『逆想コンチェルト 奏の1』(徳間書店 2010)
 「イラストレーター森山由海氏のオリジナル・イラスト二点を渡された三人の小説家が、そのイラストが扉絵・挿絵になるような短編小説を執筆、そして森山氏は、あらためて三点目のイラストをそれぞれの末尾に描き下ろす」という企画で,イラスト4組×3人=計12人の作家――SF系多し――が参加したアンソロジー.イラストの絵柄が嫌いなので閉口したが,アイディア自体は面白い.
 与えられたイラストの解読そのものを主題にした浅暮三文・飯野文彦の作品はこの企画に最も沿っていると言えるが,この手は一度限りしか使えないし,もとよりイラスト抜きでも読ませる小説になっていなければいけない筈である.
 中では,梶尾真治・図子慧の作品が,共にオーソドックスながら気に入った.

△平井玄『愛と憎しみの新宿――半径一キロの日本近代史』(ちくま新書 2010)
 東京都新宿区という「周縁」を中心に据えた近代史を,筆者の個人史と重ね合わせて描く.確かに分類困難な作品だが,私小説の変種だと思う.
 自ら関わった多くの運動家・思想家・実践家・芸術家が登場するが,筆者の立ち位置は傍観者以上共犯者未満,時に伴走者.一貫して観察者である.新宿の暗部を世界の暗部と通底させるシュールな妄想力を共有できる読者にとっては,良書なのだろう.

○チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』(河出書房新社 1999.原著 1998)
 作者の没後に発表された日記の体裁だが,実際には1991〜1993年(71〜72歳)のうちの33日分しか書かれていないから,日付の入った随筆と言った方がいいだろう.雑誌社のお蔵入り企画の類だったのかも知れない.
 1992年8月28日以降の日記がそれ以前に較べて「小説的」なのが気になった.
 「理想を言えば、徐々に衰えていくのではなく、死ぬ瞬間まで書き続けたい。」という言葉が端的にもたらすのは,唯我独尊の「全身小説家」というイメージである.
 「書くことをやめようとする作家たちの気持ちがわたしにはまったく理解できない」ということだから,彼から見れば,断筆を宣言する作家や,「書くことがない」ということを書く作家などは,作家ではないということになろう...
 同時代の作家たちに関しても辛辣で,「ちょうど水漏れのする蛇口を修理するように、誰もが覚えた仕事をこなしているだけだ。」と述べている.
 一方,タイプライターよりもコンピュータ――と言ってもMacintosh IIsi――で書く方がいいと繰り返し述べているのは,意外だった.
 例えば,「二倍の速さで書けて、作品の質がまったく損なわれない」「クラシック音楽、葉巻、コンピューターが、文章を踊らせ、わめかせ、大声で笑わせてくれる。悪夢の人生もまた手助けしてくれる。」等と語り,タイプライターからコンピュータに乗り換えたら「魂」を奪われたかのように怒る編集者がいることに呆れたりしている.
 邦題は原題と全く異なるが,共に本書の中から引用したフレーズである.個人的には原題――「船長は昼食に出かけ、船乗りたちが船を乗っ取ってしまった」――よりも,邦題――正確に引用すれば「わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いている」――の方が良いと思う(←これは訳者=中川五郎のセンス).

○沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』(幻冬舎文庫 2009.親本 2006)
 『九月が永遠に続けば』(2004)で(58歳で)新人デビューした作者の第2作.
 ありがちな恋愛/不倫小説と思って読み始めると痛い目に遭う,これもまた過酷な作品.嫌ぁな気持ちになりつつもページを繰る手が止まらず,読了したときには放心...

○大海赫『メキメキえんぴつ』(太平出版社 1976)
 最近復刊されたと聞く幻の児童書.
 謎の女性から30円で買った5本の「メキメキえんぴつ」の脅迫と攻撃に晒されて,主人公の小学生は否応無しに勉強に励み,成績が上がる...という表題作を始め,ちぎり捨てたカンナの花の精?(オッサンだけど)の復讐で,大人の体にされて元に戻らなくなってしまう子供の話など,何ら教育的道徳的効果はなさそうな物語5編を収録.
 教訓があるとしたら,恐らく「この世には理不尽なこともある」ということだろう.
 小学校低学年時分に読んだら,一度見れば忘れがたい著者自身による不気味な挿絵と相俟って,きっといつまでもベットリ黒々と記憶に残るに違いない.
 これが気に入ったよい子の皆さんは,大きくなって徳南晴一郎を読めば,きっと気に入ることでしょう.

○飛浩隆『グラン・ヴァカンス 廃園の天使T』(ハヤカワ文庫JA 2006.親本 2002)
 世界――と言っても,人類滅亡後(?)に残されたAIたちが暮らす仮想空間の一つ――が壊滅する一日を甘美に描いたSF.エログロもたっぷりなのに叙情的.非常に視覚的な作品で,今敏にアニメにして貰いたい――もはや叶わぬことだが――と思ったのは,『パプリカ』の映像を連想したからかも知れない.

[甘損/あまぞん]
 恩恵を被りつつも思うこと,
 アマゾンマーケットプレイスが,利益分を含めて「送料」と表示したり,厚さ2cmを超える(規格外の)商品をメール便で送れたりするのは,やはり不公正だ.

2010.10.23 GESO