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タイトル2012/08/05■194 ここ一か月の覚書
記事No275
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:35:29
投稿者管理人
映画
○シャンカール『ロボット[完全版]』(2007 印)
 「自我」を持ったロボットを巡って人間が右往左往する物語自体はごくベタでパンフ記載の惹句のような「ワケわからん」ものでは全くないが印度映画独特の「変」なお約束――必然性なく挿入される数々のミュージカル場面など――を保持しつつ聖林映画を完璧に咀嚼しド迫力アクション場面も天こ盛りにした娯楽大作.少なくとも近年の聖林映画よりは面白い.

○白尾一博『ドキュメント灰野敬二』(2012 日)
 スタジオ練習――と言うよりも「修行」――と生演奏の場面以外は殆ど本人へのインタヴューで構成された『全身灰野敬二』とでも言うべき記録映画.愛聴する音楽と演奏する音楽との間に全く乖離を感じていないと思しき本人の自信或いは傲慢が至極眩しい.灰野を全く知らない人にこそ楽しんで欲しい作品だが何故/何時から常に黒眼鏡を掛けるようになったのかという誰しも感じるであろう疑問に答えてくれない点のみ不満.

△堤幸彦『エイトレンジャー』(2012 日)
 関ジャニ∞は好きだけど監督は堤か... テレビ上がりの監督が作る映画は画面を大きくすれば映画になるだろう程度のスケール感に留まるものが多いので全然期待しないで観た割にはヒーローもののツボは一応押さえていたから安い『ダークナイト』『キック・アス』ぐらいには楽しめた.三池崇史版『ヤッターマン』のDVDを今度借りてどっちが面白いか較べたい.自分が結構ベッキー好きだと分かったのが発見だったが多分松岡きっこ・真理アンヌ系統だからなんだろうと分析.


○三上延『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』(メディアワークス文庫 2011)
○同『ビブリア古書堂の事件手帖2〜栞子さんと謎めく日常〜』(メディアワークス文庫 2011)
○同『ビブリア古書堂の事件手帖3〜栞子さんと消えない絆〜』(メディアワークス文庫 2012)
 古書を扱ったミステリといえば愛書家が殺し合う殺伐としたものを思い浮かべるがこれは「日常の謎」もの.本の虫で極端に人見知りな古書店主人の女性が安楽椅子探偵役でそこで働く本アレルギー――好きだけど読めない――の青年が語り手.ラノベ作家は流石にキャラ創りが巧い.たまにはこういう心和むミステリもいい――時々殺人事件も起こって欲しいけど.巻が進むに連れて雰囲気が暗くなっている所が少々気懸かり.

△東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』(小学館 2010)
 お嬢様刑事に仕える執事による これも安楽椅子探偵もの.予想していたほど酷い作品ではなかったが矢張りこの作者のユーモア感覚とは相性が合わなくてイラッとする所が多い.

△百田尚樹『モンスター』(幻冬舎文庫 2012.親本 2010)
 ベタな物語ながらヒトの外見の「美醜」とは何なのかタブーを超えて考えさせる問題作.美容整形を考えている人は必読.

○有川浩『塩の街』(角川文庫 2010.親本 メディアワークス 2007)
 併録のサイドストーリー4短編は甘ったるすぎるが表題の長編デビュー作には感心.

△喜多喜久『ラブ・ケミストリー』(宝島社文庫 2012.親本 2011)
 惹句「理系草食男子のラブコメ&ミステリー」どおりの内容.ミステリ要素は希薄だが後味は良い青春小説.

○海堂尊『アリアドネの弾丸 上下』(宝島社文庫 2012.親本 2010)
 シリーズものは律儀に順を追って読むことにしているので1作目『チーム・バチスタの栄光』しか読んだことがないのに(←感想は「まぁまぁ」)間を飛ばして5作目を読むのは例外的なこと――たまたまそういう機会に巡り会っただけだが.結果的に本作はファンサービスの過剰さ/旧作を読んでいないと分かりづらいという欠点を持ちながらも島田荘司が解説で言うように本格ミステリとして充分面白かった.関係者を一堂に集めて探偵が理詰めで真犯人を追い詰めるというお約束の場面に俺の中のアナクロミステリファンがグッときたのだと分析.
△同『夢見る黄金地球儀』(創元推理文庫 2009.親本 2007)
 この作者による初のノンシリーズ作品とのこと.解説の香山二三郎が言うように確かに「いささか悪ノリ」で書かれた犯罪喜劇小説だが冗句の山の中に伏線を紛れ込ませているから油断はならない.

○カミラ・レックバリ『エリカ&パトリック事件簿 死を啼く鳥』(集英社文庫 2012.原著 2006)
 シリーズ4作目.ミステリとしても群像劇としてもとても面白く早く続きが読みたくなる.本国ではこの後既に4作出ているようだが翻訳が追いつかないのが歯痒い――瑞典語の翻訳家が少ないからだろうけど.テレビ映画版の放映も要望.

○榎並重之『ニーチェのように考えること――雷鳴の轟きの下で』(河出書房新社 2012)
 俺が今まで正気を保てたのは――つまり社会による狂気の刻印の基準を知りそこから何とか免れ得たのは――ニーチェとフーコーと榎並・三橋を読んだお陰.そんな実用書的読み方は著者たちに失礼で忸怩たる思いがあるが... どうせ誰も読まないだろうけどP.186からの戦争論だけでも読んで欲しい気はする.

○『週刊漫画ゴラク 8月3日号』(日本文芸社 2012)
 たまたま山手線の座席で拾ったからだがゴラクを読むのは何年振りだろう... 超長期連載――「ミナミの帝王」「天牌」「SとM」「白竜」「江戸前の旬」「銀牙伝説WEED」「酒のほそ道」「極楽シアター」等――の多さに先ず驚き次に『少年ジャンプ』で死んだ筈のドーベルマン刑事が「新・ドーベルマン刑事」として蘇っていたり かざま鋭二が自作のゴルフ漫画「親玉'S(マスターズ)」を描いているのにへぇっと思った.メイン読者をオヤジ層に設定している所為かエロ度の高い作品がやや多いが比較的新しい連載群を含めて扱うジャンルは万遍無い.正しいマンネリズムを貫くゴラクは侮れない.

ライヴ
7.14渋谷O-Nest「円盤夏祭り」
  ○EPPAI 右手でミニキーボードを/左手でヴァイオリンを――弓の持ち手部分を両足に挟んで垂直に立て(何か補助パイプのようなもので固定していたのかも知れない)本体の方を動かす奏法で――弾くと共に足の指先に括り付けたカスタネット/口元のホルダーに挟んだカズーも演奏するワンマンバンド.演目はブリティッシュトラッドやポルカ.楽しい.
 △東京マリーバンド メンバーが7人も必要なのだろうか?
 △三角みづ紀+河端一 三角が朗読する詩はさっぱり響いてこなかったが河端のスペイシーな即興ギターは気持ち良かった.
 △佐藤幸雄el-g,vo+POP鈴木ds 数十年ぶりに観た元すきすきスウィッチの佐藤.覚めた叙情を感じさせる弾き語りは奥田民生が好きな方々にもお勧めできる.
 △triola〜久美オラ ますますアレンジが緻密になった久美オラ(倉地久美夫vo,el-g,ac-g+triola[波多野敦子vn,vo+手島絵里子vla]).倉地楽曲の弦楽アレンジ版は印象が新鮮な今のうちに記録しておくべきだと思う.

7.15西荻窪toki『庭にお願い』上映会+倉地ソロwith吉田悠樹(二胡)
 映画上映はエンドロール前でプッツリ切れて終わったり画質が酷かったりで散々×だったが,その後の倉地ライヴの方は今年観た内で最良○.

7.21仙川せんがわ劇場「JAZZ ARTせんがわ2012」
 19年振りに訪れた仙川はすっかり小洒落た街になっていた.街ぐるみで盛り上げている今年で5回目になるイヴェントらしいが一見の客への説明が不親切で全体像が掴みがたい/料金が高い/劇場の音響が悪い等の不満あり.ちなみに喫煙者に対して厳しすぎる体制にも辟易.
 △倉地久美夫トリオ(倉地el-g,vo+菊地成孔as,pf+外山明ds)
  菊地が精彩を欠いていると思ったら実は高熱でフラフラの状態だった由.そのぶん力が抜けてて良い所もあったがもう一二曲聞きたかったところで律儀に持ち時間どおり終了したのは物足りない.
 ×ペットボトル人間(デイヴ・スキャンロンel-g+吉田野乃子as+デイヴ・ミラーds)
  情緒を排した複雑で速いパッセージを一糸乱れぬアンサンブルでこれ見よがし聞かせるトリオ.こういうのをニューヨーク派って言うの? 知らないけど.ザッパの音楽の一部分をループにしたような一本調子な演奏は巧いけどそれが何っていう感じ.
 △藤原清登トリオ(藤原清登b+ダヴィデ・サントルソラpf+福家俊介ds+巻上公一vo)
  スタンダードナンバーをフリージャズっぽく変奏した楽曲が主.心和む人は和むのだろう.巻上のヴォーカルは多彩なテクニックを擁しているがデメトリオ・ストラトスやコレット・マニーに較べるとどうしても小手先技に聞こえてしまう.
 △坂田明as+ジム・オルークel-g+山本達久ds+高岡大祐tuba
  正しくイディオマティックなフリージャズの典型のような熱演.興奮する人は興奮するのだろうけど.

△7/28三鷹 武蔵野芸能劇場 翠羅臼 作・演出 無人駅公演Vol.2『南北逆曼荼羅』
 この顔触れでオーソドックスな歌舞伎ミステリだったのは意外で楽しめたがミステリとして/芝居としてどうかという点ではギリギリ及第点.観客の期待を煽っておきながらどんでん返しが肩すかしだったのは残念.

△7/29明大前キッド・アイラック・ホール「竹田賢一大正琴即興独弾 当たるも砕けろ 六十四卦の六四上がり溢し」
 竹田のソロの美点はいつまでも老成することのない青さに尽きる.ゲスト鈴木健雄[ホーミ+テープループ]とのデュオでは竹田が遠慮しすぎ.ゲスト木村由[ダンス]とのデュオは噛み合う箇所があるのか理解不能.

 7月10日にロル・コクスヒルが亡くなった.メモによると俺は『PF』誌の依頼により1983年10月3日に法政大でロル・コクスヒル+スケルトン・クルーのライヴ終了後コクスヒルにインタヴューしたことになっている.だが結局雑誌は刊行されず原稿もテープも手許に無くインタヴュー内容も覚えていない.あれは何だったんだろう.勿体ない気がするばかり.

2012.08.05 GESO