記事No | : 251 |
タイトル | : 2009/08/23■170 VIVA ILINX! |
投稿日 | : 2013/10/05(Sat) 21:08:49 |
投稿者 | : 管理人 |
[だまし絵の檻に入ってみる]
Bunkamura ザ・ミュージアム「奇想の王国 だまし絵展」.
大層な人気で満員御礼状態が続いていたそうだが,俺が行ったときも凄い混みようだった.
17世紀から21世紀までの,広義の「だまし絵」――トロンプルイユからシュールレアリスム,イリュージョニズムまで――の展示会.「日本のだまし絵」として河鍋暁斎や歌川国芳の作品も展示されていて,それはそれで面白かったけれど,趣旨からすればこの辺はオマケと言ってもいいだろう.
邪道かも知れないが,俺はこの手の絵画は,現物よりも複製=印刷物を見る方を好む.現物を観ると「手で描かれたもの」に過ぎないことが歴然と分かるので,落胆するのである.
例えば,今回も展示されていたが,マグリット,ダリ,デルヴォーといったシュールレアリストたちの作品は,初めて実物を目の当たりにしたとき,細部が意外に雑に描かれていることも分かって,がっかりしたものである.印刷物は大概縮刷されているからボロが出にくいということもあるが.
エッシャー作品は現物も細密だったから落胆はしなかったものの,やはり印刷物で観た方が良いと思った.
一寸前にテレビ――確か「日曜美術館」――で見て楽しみにしていたコルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツの作品――絵を描いている絵・を描いた絵・を描いた絵...だとか,キャンバスの裏側を描いた絵など,17世紀後半に既に20世紀モダンアートを「先取り」していたかのような作品――も例外ではなく,現物を観て興醒めした.
そもそも絵画自体が三次元を無理矢理二次元に投影した「だまし立体」なんだから,限界があるのは当然で,文句を言ってもしょうがないことではあるけれど... 絵画は決して額縁の外には出て行けないのだ.
それ故,立体作品の方が「だまし」アートに向いているのは,当然と思われる.
高松次郎や福田美蘭の立体作品も面白かったが,今回,最も衝撃的だったのは,パトリック・ヒューズの「水の都」(2008)という作品.四角錐(ピラミッド)の上部を底面に平行に切り欠いて作った六面体を3個並べ,横長のキャンバスに貼り付けたもので,六面体の各面には建物や水路や空の絵が描かれており,一見,煉瓦建てのビルディングが縦に2棟ないし3棟,横に3列に並び,その間には水路が在り,遠景は海と空,という風景である.これが,逆遠近法の効果で,観る角度によって強烈な錯覚をもたらすのだけれど,どんなに言葉を尽くして説明したところで感得させることは無理なので,実際に観てもらうしかない.理屈を分かったうえで観ても,確実にクラクラする所が素晴らしい.作り方を説明したサイト http://www.res.kutc.kansai-u.ac.jp/~cook/JRPIndex.html を見つけたので工作してみたいが,ある程度大きなものにしなければ効果が無さそうだから,作っても置き場に困りそうだ...
パトリック・ヒューズは1960年代から錯視作品を制作し続けている英国人らしい.興味を惹かれたので,ジョージ・ブレヒトとの共著『パラドクスの匣』(朝日出版社エピステーメー叢書 1979)をAmazonで購入した(積ん読).この本は,昔は良く見掛けたが,今は絶版.
[アロイーズ展を観てみる]
ワタリウム美術館にて.これも盛況らしく,期間を延長していた.
31歳で統合失調症になり,以後46年間を精神病院で過ごして亡くなった,いわゆるアール・ブリュットの女性画家であるが,こういうのは「だまし絵」とは違って実物を観る方が楽しい.
個人的にはダーガーの方が好みだけど,こちらは子供の絵のように「綺麗で可愛い」から人気があるのだろう.人物画の巨大な青い眼(白目部分なし)とタラコ唇が特徴的.
[歌謡曲に遭遇してみる]
丸ノ内線方南町へ飲みに行ったら,偶々「杉並方南歌謡祭&みんなで踊ろうエイサー」という地元のお祭をやってたので,歌謡祭の野外ステージを途中から覗いた.
最初に観た柳ジュンという演歌歌手は,全然知らなかったけど,芸歴22年だという(宮城県出身・笹塚在住).このクラスの売れない歌手って一杯いるんだろうな... 歌は最新シングル(と言ってもリリースは1999年)の「だから…」+「ライラックトレイン〜北国エクスプレス」.ド演歌じゃなくて,いい湯加減の歌謡曲.歌はそこそこ巧いが個性が乏しいから,より良い楽曲に恵まれない限りヒットは難しいかも知れない.
次に出たサザンクロスは,いつからかは知らねど森雄二と...じゃなくて「大前あつみ&サザンクロス」になっていて,この日は3人しか出なかったが,ムード歌謡の王道「足手まとい」と「意気地なし」がナマ――バックはレキントギターを除きカラオケ――で聞けたのは,ちょっと嬉しかった.後半は先程の柳ジュンを加えて,コラボシングル曲「洒落た関係」と,地元北海道でのロングヒット「好きですサッポロ」を披露.
続いて,桑江知子が登場.一発屋的ヒット曲「私のハートはストップモーション」を聞き,2曲目「涙そうそう」――最近の桑江嬢は「沖縄返り」している模様――の途中で会場を後にした.因みに,トリは野村将希だったらしい.
絶滅歌謡曲ファンとしては,阿佐谷でジャズ祭などに遭遇するよりも,遙かにお得感があった.
[落語ミステリに嵌ってみる]
○大倉祟裕『三人目の幽霊』(創元推理文庫 2007.親本 1997)
○同『七度狐』(東京創元社 2003)
○同『やさしい死神』(東京創元社 2005)
主人公兼ワトスン役は落語季刊誌の編集者(女性),探偵役はその編集長というシリーズ.落語に直接関係ない事件も扱われるので,拡がりがある.田中啓文に較べればずっと大人向き.
1作目(短編集)『三人目の幽霊』は「日常の謎」的事件が多い.親本の解説(村上貴史)が「落語ミステリーの系譜」を概説していて有用だが,なぜか永井泰宇『寄席殺人伝』(講談社ノベルス 1998)への言及がない.
シリーズ2作目にして著者初の長編『七度狐』では,台風で閉ざされた村での横溝風見立て連続殺人が描かれる.殺されるのは上方の落語家一門だが,笑いの要素は殆どなく,むしろ凄惨な本格ミステリとして良く出来ており,3作中ベスト.
3作目は再び短編集だが,前作とは打って変わってユーモラスな作品が多い...とまぁ,楽しいシリーズ.なかなか新作が出ないのが不満.
?宮藤官九郎『タイガー&ドラゴン 上下』(角川文庫 2007.親本 2005)
シナリオと,その元ネタの落語を併録.「元々落語には興味がなかった若者が落語家に弟子入りすることになる」という初期設定が共通しているだけで,田中啓文のパクリじゃなかったみたいだ.失礼しました.
やはり「絵」が付いてなんぼのものなので,久々にテレビドラマ版(TBS 2005)を観たくなり,ツタヤでDVD(全6枚)を借りて観返したら,なかなか面白かった.クドカンには,よく考えれば不整合な物語を巧く辻褄合わせする才能――手塚治虫センセーの得意技でもあった――がある.
あ,でもこれはミステリじゃなかったな.
△田中啓文『ハナシがはずむ!―笑酔亭梅寿謎解噺<3>』(集英社 2008)
シリーズ3作目.キャラを楽しむものとしてはこれはこれでいいんだろうけど,謎解きじゃない噺が大半なのは,看板に偽りあり.時々出てくる「神の視点」的描写にも違和感あり.でも,新作が出たら読んでしまうと思う.
因みに,このシリーズを原作にした漫画は,たなかしえ『わらばな』(ビジネスジャンプコミックス 2007)であった.全1巻完結ってことは,漫画版はそんなに人気なかったってことか.
○愛川晶『神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件』(原書房 2007)
○同『神田紅梅亭寄席物帳 芝浜謎噺』(原書房 2008)
主人公は二つ目の落語家,相方はその女房,参謀役(車椅子探偵)は脳血栓で倒れ引退した主人公の師匠.落語ミステリとしては今のところ最後発のシリーズだが,謎解きをアレンジして主人公に「噺」として演じさせるという趣向.マニアックで,かつ,落語入門にもなっている親切な作品だが,中には丁寧に描かれすぎていて結末の予想がつくものもあり,ミステリとしては痛し痒し.
テレビの「タイガー&ドラゴン」に対する苦情もチラッと出てくる――テレビを真似て,矢鱈に高座に向かって声を掛けるマナー違反の客が出てきた,とか.
△北村薫『空飛ぶ馬』(東京創元社 1989)
余り好きな作家じゃないけど,落語ミステリと言えばこれは外せないってことで...
非常に繊細で優しい文章だし――鮎川哲也も当初は作者を女性と誤認してた――語り手=主人公の女子大生も,探偵役の落語家も,知的で高潔.扱われる事件はささやかな「日常の謎」.これらは美点に違いあるまいが,どうもお上品すぎてしっくりこないのだった.
[他にも色々読んでみる]
○原宏一『東京箱庭鉄道』(祥伝社 2009)
△同『へんてこ隣人図鑑』(角川文庫 2009)
『東京箱庭鉄道』は,東京に新たに小さな鉄道を引こうとする物語.一見実現不可能なアイディアを,読み進むうちにこれなら出来るかもという気にさせてしまう所が,流石広告代理店出身.だが,これは長編だから描写を重ねて説得力を持たせることが可能なのであって,枚数が限られる場合は結構苦しいのでは.
『へんてこ隣人図鑑』が物足りないのは,正にその枚数制限に由来する気がする.アイディアをある程度剥き出しの形で提示せざるを得ないショートショート集だから,仕方ないかも知れないが... と言っても,別に詰まらない訳ではなく,諸星大二郎の初期の短編――例えば「復讐クラブ」――に通じる味わいがある.
そう言えば,フジテレビ「世にも奇妙な物語」では,かつて――調べたら1991年だった――「復讐クラブ」がほぼ原作に忠実にドラマ化されたが,今年の春に放映されたラインナップの中に原宏一原作の「ボランティア降臨」(『天下り酒場』所収)があって,なかなか良く出来ていたことを思い出した.
○松田洋子『相羽奈美の犬 1』(ぶんか社 2009)
憧れの女子高生を守りたいという願いが叶い,死んで犬に転生したストーカーのニート青年が主人公の「ダーク・ファンタジー」(なのか?).タイトルは親父ギャグ―― "I Wanna Be Your Dog" の駄洒落.
「あの人の犬になりたい」という感情は,多少なりともMの気がある人なら共有可能だろうし,松田作品としては毒気控え目だから――それでも相当なもんだけど――ヒットして新たな代表作になるんじゃないだろうか――なるといいですね... ともあれ,傑作.
気になるのは,松浦理英子『犬身』(朝日新聞社 2007)との類似性で,機会があったら読み較べてみたい.
△氷川透『密室は眠れないパズル』(原書房 2000)
「読者への挑戦」付き純正パズラー.気持ち良い論理的な推理を楽しめるが,密室化したビルが舞台なだけに閉塞感が強いので,マニア以外の読者には辛いかも知れない.
[アニメ映画も観てみる]
○細田守『サマーウォーズ』(2009 日)
『時かけ』も悪くなかったけど,こっちの方がスケールが大きくて良いかな.殺伐とした映画とお涙頂戴映画が多い昨今,お約束の展開+ハッピーエンドの爽やかな映画もたまには良い.
地球の命運を賭けた闘いの最終局面が仮想空間での花札(こいこい)勝負って所がジャパアニメらしいんでしょうか?
2009.08.23 GESO