記事No | : 253 |
タイトル | : 2009/10/15■172 ShadowProtectって凄いソフトだよ |
投稿日 | : 2013/10/05(Sat) 21:12:36 |
投稿者 | : 管理人 |
[いかにも昭和臭い銀座シネパトスで]
○横井健司『今日からヒットマン』(2009 日)
単館上映の低予算B級映画ながら,空疎な大作――例えば『カムイ外伝』――に較べて遙かに面白い.平凡なサラリーマンがひょんなことから伝説の殺し屋の跡を継ぐことになるというあり得ない物語だが,アクションコメディーとして演出が小気味良く,飽きずに楽しめる.原作(むとうひろし.「漫画ゴラク」連載中)よりもエロ控え目――というか殆どなし――なるも,壺は押さえてあるから,違和感はない.原作をそのままなぞっただけの無芸な映画――例えば『20世紀少年』?観てないけど――なんか意味ないしな.テーマ曲も自作自演している武田真治の熱演が素敵.
[いい加減にします]
先月買った書籍を数えたら,古本が15冊,新刊が3冊.他に図書館から借りて読んだ本が6冊.一般人としては多すぎるかも.
今月は我慢して未だ1冊も買ってない(雑誌は除く).できれば積ん読の消化で済ませたい.
で,そうしてる.
△福岡伸一『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書 2009)
「世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからないのである。」という結語に尽きる.こう,基本がホリスティックだから叩かれもするんだろうし,『生物と無生物のあいだ』の構成と同工異曲ながらも文章が詩的で巧いから受けもするんだろう.批判されて当然の面もあるが,どうせなら面白い批判が読みたい――未だ詰まらないのしか見掛けない.
△松浦理英子×笙野頼子『おカルトお毒味定食』(河出書房新社 1994)
初対談集.今となっては古い話題ばかりで辛い.リアルタイムで読むべきだった.まぁファン向けのサブテキストとして読めばいいんでしょうけど.
○道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫 2008.親本 2005)
△同『背の眼』(幻冬舎 2005)
これまた気になる作家の一人だったので,読んでみる.『背の眼』が処女作,『向日葵』が第2作だが,読んだ順は逆.
両作品とも一応本格ミステリの範疇に入るだろうが,好き嫌いは分かれるだろうし,フェアかアンフェアかでも意見が割れそうだ.例えば,『向日葵』における異様な主観描写だとか,『背の眼』における心霊の存在の肯定だとか.
俺はぎりぎりフェアと見なすけど,わざと際どい所を突いて書いている感じもあって,若手ながら挑発的な技巧派という印象.他の作品も読みたいが,図書館では結構貸出中.
ところで,「処女作」という表現には昔から違和感がある.初めての作品という意味なら「処女喪失作」とか「破瓜作」とか言うのが正しい語法のような気がして...まぁ「一作目」と書けば済むんだけど.
○連城三紀彦『造花の蜜』(角川春樹事務所 2008)
△湊さかえ『告白』(双葉社 2008)
この2冊は図書館で借りようと思っていたのだが,常に予約が一杯でいつ借りられるか分からない状態に苛立ち,ネット上で一番安い古本を探して購入した.連城本553円,湊本700円.
『造花の蜜』は,前半では被害者が無事生還し身代金も戻ってくるという不可解な児童誘拐事件が描かれ,中盤ではその謎が解明されたかに見えるが,更にもう一捻りあった後,ボーナストラック的なエピソードで終わる.この作者らしい非常に人工的であざとい作品なので,これも好き嫌いが分かれるだろうが,俺は買って良かったと思った.回収されない伏線など欠点もあるけれど,デビューから30年経ってもこんなにトリッキーな作品を書き続けられる才気に素直に感銘する.
一方,本屋大賞も獲って大評判の『告白』は,期待外れだった.確かに人間の暗黒面が多視点から描かれていて読み出したら止まらない作品ではあるが,章毎に語り手が変わるにも拘わらず語り口が単調だし,結末がご都合主義的すぎるし,結局ミステリとしての「謎」が希薄すぎて物足りないのだ.
○山崎洋子『沢村貞子という人』(新潮文庫 2007.親本 2004)
沢村貞子のマネージャーを30年以上も務め,彼女の最期を看取った著者の回想録.短いながら,沢村の人となりを余すことなく伝えるしみじみ良い本.
○北村薫『謎物語 あるいは物語の謎』(角川文庫 2004.親本 1996)
小説は未だにピンと来ないのだけど,この第一エッセイ集はお気に入り.本格ミステリへの深い愛情と洞察,幅広い読書嗜好と見識を感じさせつつ衒いがない.
△山田正紀『イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ』(早川書房 2009)
リニアな時間を生きる人類と量子的な時間を生きる「反復者」が,それぞれ「酩酊船」――乗組員5人のうち「実在」と思われる人物は使徒パウロ(女性),エミリー・ブロンテ,ヴェルレーヌ――と「性愛船」――乗組員6人のうち「実在」と思われる人物ははメネリク2世――を,時空が解体される何処にもない場所「非情の河」河口に派遣し,「万・万物理論=大・大統一理論」の鍵を握る「アルチュール・ランボー」の争奪戦を繰り広げる物語.と書いても訳が分からないわな... 『デッドソルジャ−ズ・ライヴ』や『神獣聖戦』と共通する暗鬱な雰囲気は好みだが,説明的な部分が多すぎて小説としての乗りは今ひとつ.どこが「幻想ハードSF」じゃい,という気もするが,少なくとも山田正紀にしか描けない不穏なSFではある.
△桜庭一樹『私の男』(文藝春秋 2007)
徹底的に技巧的な小説.帯の「黒い冬の雪と親子の禁忌を圧倒的な筆力で描ききった著者の真骨頂!」という惹句に過不足はない.
著者は次のように考えて書いたのだろう――俺の妄想だが.
・救いのない物語を書く.形式としては,
・「取り返しのつかなさ」を強調するために,現在から過去に遡る章立てにする.だけど,
・読者に嫌悪感と反発を抱かせつつも最後まで一気に読ませたい.そのために,
・近親相姦+殺人×2で,ウブな読者の気を引く「衝撃の問題作」にする.でも重すぎて読みづらいのもまずいから,
・章毎に登場人物が代わるがわる「内面」を語るかたちにして,誰もがどこかに感情移入できるようにする.更に,難解じゃないかたちで,
・ニンゲンの絶対的な孤独とか,
・善悪の彼岸といった,
・テツガク的な問題まで深読みさせるような匂いを付ける.でも,
・一般読者にありがちな禁忌への反感を和らげる工夫も必要だ.例えば,
・現実に起こった震災を背景に利用して,リアリティ混みで説得力を補強するなんてのはいいアイディアかも.アイディアと言えば,
・自分は元々ミステリマニアだから,謎解きの要素も加えたいのは山々だが,
・あまりミステリ臭さを強調すると一般読者に受けないだろうし,
・ミステリの方ではもう日本推理作家協会賞をもらっちゃってるからいいや.今回は,
・マジに直木賞狙ってるから,馬鹿な審査員どもの反感を買わずお墨付きをいただくためにも,
・複雑な仕掛けはなしで,シンプルに行く...だけど,
・ミステリ風味も少しは残しつつ文学的なエンタメに仕上げたい.もちろん,
・自分ほどの文章力があれば難なく出来ることだけどさ...まぁ,この際,
・コアなミステリファンには,無計画な殺人と凡庸なインセストには目をつむっていただいて...でも,
・観念小説じゃないんだから,しっかり現地取材してリアリティも出して,と...でも,
・あまり細部を強調しすぎてもくどくなるから,余裕と余韻を感じさせるように控え目な描写に抑えて,と...でも,
・これは所詮虚構なんだよという合図も,分かる人には分かるように入れておきたい.よし,最終章辺りで...
云々.
こうしてこの傑作は完成をみた――俺の妄想だが.
でもなぁ...俺は天然の――巧まざる味わいの――作家の方がやっぱり好みなんで,巧すぎる作家って何か鼻について好きになれない.
桜庭センセーには今後,今回の「よくできた小説のお手本」みたいなのじゃなく,「技巧に走るあまり失敗した作品」を期待する.
○津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』(創元推理文庫 2007.親本 2004)
技巧的と言えばこの人も凄くて,幻想小説や純文学寄りの小説ではその辺がやはり鼻につくのだが,本作は良かった.そもそも人工的・遊技的な本格ミステリとして書かれているので,ケレンが気にならないし,元々ジュブナイル作品だった所為もあるのか――ませた子供じゃないとちょっと難しい気がするが――登場人物がどれも類型的ながら魅力的.解説者(神保泉)は,本作を「新本格」とは異なる都筑道夫直系の「論理のアクロバット」たるパズラーであり,作者を「チェスタトンや泡坂妻夫の血族」と評価しており,概ね賛成だけど,チェスタトンや泡坂とはちょっと違う気がする――彼らは論理より直観の人だと思うので.ともあれ,本作はちょっと文句の付けようがない秀作である.因みに,舞城『ディスコ探偵水曜日』には,本作第2話で展開される推理合戦の影響が明らかに窺える――無論妄想だが.
とまぁ,ほんとに益体もない本ばかり読んでいるのだった.
2009.10.15 GESO