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タイトル2019年春夏新作商品大好評中
記事No372   [関連記事]
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タイトル2012/11/06■196 再びここ一か月の覚書
記事No277   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:44:05
投稿者管理人
○川瀬七氏wよろずのことに気をつけよ』(2011 講談社)
 江戸川乱歩賞受賞の呪術ミステリ.京極夏彦の選評が冷淡だったのは自著と重なる点があったからだろうか.探偵役の仲澤大輔は呪術研究に傾倒する文化人類学者で住まいは中野という設定だが中禅寺秋彦が住んでた近所なのかも.ミステリとしては荒削りだけれど少なくとも『陰摩羅鬼の瑕』以降の京極堂シリーズよりは面白い.

○同『147ヘルツの警鐘 法医昆虫学捜査官』(2012 講談社)
 デビュー二作目は女性法医昆虫学捜査官を探偵役にした警察小説.ニッチを狙っているが題材が特殊なだけに長期シリーズ化は難しいかも知れない.もっと細部を書き込んでほしい憾みもあるけどキャラの立て方も読みやすさも新人としてはかなりなもの.

△美内すずえ『ガラスの仮面 49』(白泉社 2012)
 マヤと桜小路はぎくしゃくしたままだし亜弓は盲目のままだし紫織は狂ったままだし速水は結果的に優柔不断なままだし相変わらず話がなかなか進まぬ...

○ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ V』(エンターブレイン 2012)
 前巻に続きルシウスは現代日本に長期滞在中で古代ローマへはちょっとしか戻れない.今回のお話は温泉地を巡る新旧ヤクザの諍いが中心で『まむしの兄弟 お礼参り』を思わせる.次巻で大団円か?

○海堂尊『極北クレイマー』(朝日新聞出版 2009)
 福島県立大野病院産科医逮捕事件(2006年)と夕張市の財政破綻(2007年)をモデルにして北海道の架空都市「極北市」の市民病院を舞台に描いた医療エンタメ.お騒がせキャラ姫宮香織が登場するドタバタシーンを除けば結構リアルかつヘヴィ.

△清水義範『迷宮』(集英社文庫 2002.親本 1999)
 確かに挑発的な叙述ミステリではあるが解説の茶木則雄が絶賛しているほど画期的な作品とは思えない.巧みな「文体練習」だけでは「客観的事実は存在するのか?」「他人の考えを理解することは可能なのか?」といったハードなテーマを扱うには不充分だしミステリ的意外性ももうひとつ.

○赤江瀑『ポセイドン変幻』(集英社文庫 1994.親本 1975)
○同『夜叉の舌』(角川ホラー文庫 1996)
 前者は6編後者は10編を収録.作品の多くは要約すれば「何かに取り憑かれた人間が快楽の果てに滅びる物語」という凡庸な内容になってしまうが小説の梗概を述べても実は余り意味はない.要約すれば済むような小説も世には多数あるが少なくとも赤江のような幻視者の手に成る作品は文章をじっくり享楽する以外の読み方は考えられずそもそも要約や速読の対象とはなり得ないのだ.

△井上夢人『ラバー・ソウル』(講談社 2012)
 世にも醜い男が片思いの女をストーキングし彼女に近付く男たちを次々に殺してゆく――言ってる傍から要約してしてしまった――という陳腐な物語をこの作家が書く訳はないので最初から眉に唾を付けて読んだが... 清水義範『迷宮』と東野圭吾『容疑者Xの献身』を想起せずにはいられなかった.前者を本作の直前に読んだのは全くの偶然だがそれは別にして類似点は多い(省略).後者を想起した理由は幾つかあるがその一つは読者の同情を買って感動作と言わせようとする嫌らしい手口が共通しているからである.ミステリとしては前者よりは上で後者とは引き分けくらいだと思うがどうもアンフェアぎりぎりな感じで心地よく騙された気はしない... 折原一が書けば見出しや文章の表記にもっと「手掛かり」を散りばめて読者を挑発してくれるんじゃないだろうか.

△桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(角川文庫 2009.親本 2006)
 なーんだ『私の男』と同じじゃんという印象.解説(というよりエール)を古川日出男が書いているがこの二人は作風がよく似ている.どちらも技巧的だし面白いし実在の地方都市を舞台にするなどそれなりのリアリティも演出しているのだがどちらの作品も嘘臭くてつい佯狂を観察する目で読んでしまう.巧さを感じさせてしまう巧さは本当の巧さとは言えないのではないか.

○上田早夕里『魚舟・獣舟』(光文社文庫 2009)
 幻覚の輪郭が明瞭なのがSF小説/曖昧なのが幻想小説であって基本的に相容れないものだと思うが稀に両立することもある.長編向けのアイディアが惜しみなく投入された本作品集――短編4+ショートショート1+中編1――は全編その見事な例.

○吉田大八『桐島、部活やめるってよ』(2012 日)
 原作は未読なので何とも言えないが映画版は『桐島を待ちながら』と題してもよさそうな作品.多視点で高三生たちの一週間を描く群像劇だが会話や行動のリアルさ――俺は高三じゃないから無論想像上のリアルさだが――に感心.予想外の面白さだったので同監督の過去の作品にも注目.

○内田けんじ『鍵泥棒のメソッド』(2012 日)
 過去の2作品と較べると意図的にシンプルかつベタに作ってあるが伏線を生かし切る無駄のない作り方は変わらず(良くも悪くも)予想どおりの面白さ.

△西川美和『夢売るふたり』(2012 日)
 夫婦で結婚詐欺する話.この監督の描く「リアルさ」には首を傾げたくなる部分も多いのだがまずは面白い.個人的に冒頭の居酒屋炎上シーンに――焼鳥があんなに燃えるかという疑問はさておき――高円寺石狩亭全焼事件を思い出して寒気がした.

○園子温『希望の国』(2012 日)
 結局ここでも描かれるのは「家族」かよといささかウンザリしないでもないし辻褄が合わない箇所もあるしあからさまな反原発/反国家映画だけに制作の資金繰りに苦労したんだろうなと思わせる所もある.だが今これを作らねばならぬという熱意がひしひしと伝わるのでじっくり観ない訳にはいかない.本作も他の作品も監督自身が宣言するほど破壊的ではなくむしろオーソドックスだからエンタメとして成立しているのだと思うが.

△11/03足立市場 ジョン・ケージ「ミュージサーカス」芸術監督:足立智美
 musicircusはケージが1967年に発表したコンサート形式で「さまざまな音楽がお互いに自立しながら、同じ時間と空間を共有して、響きあう状態」というもの.今ではフジロックのような大規模野外コンサートも大概そういう形式だと思うがそれは結果であって発想自体は異なる.フジロック等が複数ステージで同時進行する形を採っているのは限られた時間と空間に多数の出演者を投入するためにはそうせざるを得ないという実際的/効率的な理由があるのだろうがmusicircusのほうは本来「すべてが美しく共存していく」新しい社会モデルを意図したものなのである.
 しかし現実の「ミュージサーカス」は音楽に限定されない様々なジャンル――サンバ/ちんどん/お囃子/スタンダードジャズ/フリーミュージック/ノイズ/アシッドフォーク/空手/大道芸/クラシック/炊き出し/津軽三味線/一人芝居/タップダンス/ママさんコーラス/印度音楽/etc.――のパフォーマーが割り振られた時間+空間枠を従順に受け容れて粛々とパフォーマンスを繰り広げるイヴェント以上のものではなかった.公共空間の空き時間を有効活用しましょうという行政サービスを利用した屋外フェスティヴァルの一つに過ぎないということだ.それはそれで楽しめたけれど「新しい社会モデル」とはほど遠く学園祭と大して変わらない.
 因みに今年はケージ誕生百年記念ということで世界中でお祭りが開催されているらしくブライアン・イーノも3月に倫敦でMUSICIRCUSを催し,John Paul Jones,Michael Finnissy,Edward Gardner, the ENO Community Choir, ENO Opera Works singers, an intriguing collective of professional and amateur talentsが出演したという.新しい社会モデルは提起されたんだろうか――まさかね.

 横溝正史『病院坂の首縊りの家』を読んで違和感を覚えたのは時代設定が昭和28年(1953年)なのに「マスコミ」という言葉が出て来ることだったがこれはやはり考証の誤りだったみたい.「マスコミ」という略語は大宅壮一が1962年頃から使い始めた造語らしい.横溝は現実の事件が起こった年月日を作品中に明記し当時の世相を活写することでリアリティを醸し出していたがときにはこうしたミスもあったということ.

2012.11.06 GESO

タイトル2012/10/08■195 ここ二か月の覚書
記事No276   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:36:37
投稿者管理人
 二十年以上前になるが一度だけ猫の集会を見たことがある.阿佐谷の公園を深夜散策中に遭遇したのだが確かに不可思議な光景だった.大勢の猫たちが――数えなかったが二十匹はいた――割と広い輪になって集まり鳴き声を交わすこともなくただ黙って中心部付近を――猫によってはあらぬ方向を――見つめているだけ.いつ解散するのか分からないので十分ほど観察してからあぁいいものを見たなぁと思いつつ立ち去った.
 猫同士が理解し合えるものかどうかは疑わしい――人間同士でも理解し合えることは稀だし.ましてや基より異種である人間と動物とが理解し合うのはまず無理であろう.精々誤解の上で仲良くしたり敵対し合うことしか出来ないだろうし現にそうしているのだと思う.
 しかし理解不能なものを無理矢理理解することも拒否することもないのではないか? 理解不能を前提として共存する可能性を考えればいいのではないか?
 そもそも一つになり得ない世界を無理矢理一つにしようとすることこそ傲慢で有害無益なのではないか?

 世界(中国を除く)で一番人気の生臭坊主=ダライ・ラマ14世の外見的な親しみやすさに騙される善良な人間が多いことには驚く.彼が説いてることなどそこら辺のチャラい心理カウンセラーと大差ないのに.
 要は現実の不幸は人間にはどうしようないことだから運を天に任せて我慢しましょうね幸不幸なんて気の持ちようなんですからという現状肯定=為政者にとって好都合な奴隷思想.輪廻転生説なんてものは彼岸の幸福という空手形と引換えに現状肯定を勧める悪徳セールストークに過ぎないのに.
 まぁ彼がダライ・ラマになれたのは凄い籤運であるしチベット仏教の輪廻転生制度でしか説明がつかないということで本人は納得しているのかも知れないけれど他人に勧められるような話ではない――信じる者は勝手に巣食われるがよいが.
 兎も角ラマは事実上中国-チベット間の政治問題を宗教で解決することができず――できる訳がない――亡命した訳で今彼を生き延びさせているのは中国と敵対しないまでも中国を牽制したい諸勢力でありその庇護下にあるラマ本人には宗教を隠れ蓑に温い発言をし続けることしか出来ない道理である.


○田中克彦『国家語をこえて−国際化のなかの日本語』(ちくま学芸文庫 1993.親本 1989)
 著者はかなり極論の人なのでこれまで読んだ著作と同様に共感と反発の両方を感じる.でも面白い.

△海堂尊『ナイチンゲールの沈黙 上下』(宝島社文庫 2008.親本 2006)
○同『螺鈿迷宮 上下』(角川文庫 2008.親本 2006.各105円)
○同『ジェネラル・ルージュの凱旋 上下』(宝島社文庫 2009.親本 2007)
△同『イノセント・ゲリラの祝日 下』(宝島社文庫 2010.親本 2008)
○同『ブレイズメス1990』(講談社文庫 2012.親本 2010)
△同『ブラックペアン1988』(講談社 2007)
○同『ジーン・ワルツ』(新潮文庫 2010.親本 2008)
△同『外科医 須磨久善』(講談社 2009)
 なるほど医療エンタメ小説(『外科医 須磨久善』はノンフィクションだが)の王道を歩んでいるのだな.白鳥-田口シリーズにはやや悪ノリ感があるが他のシリーズは意外にシリアス.

×金沢伸明『王様ゲーム』(双葉文庫 2011.親本 2009)
 人気ホラー小説らしいが物語としてはかなり雑.「善人ぶって」のつもりで「偽善者ぶって」と表記するなど言葉遣いも変.

○連城三紀彦『夢ごころ』(角川文庫 1991.親本 1988)
 『雨月物語』から本歌取りしたモダンホラー12編.こうした端正な短編も書けば『造花の蜜』のようなトンデモに近い長編ミステリも書く幅の広さがこの著者の魅力.

△赤江瀑『舞え舞え断崖』(講談社文庫 1989.親本 1981)
 相変わらず見事な出来映えの6編ではあるけれど「えっここで終わり?」と感じるものが数編ある所為でやや欲求不満.でもこの人も今は亡い... もっと読みたい.

○ろくでなし子『デコまん』(ぶんか社 2012)
 美容整形手術を受けた自分の性器の型取りを基に「まんこアート」を製作している漫画家の自伝ギャグ?漫画.アニー・スプリンクルやチチョリーナを想起せずにはいられない.嫌悪感を感じる読者も多いだろうが単なるキワモノとは違う根の真面目さと本人にとっての必然性は感じられる.本作の前に百田尚樹『モンスター』を読んでいた所為かも知れないが.

○池上永一『シャングリ・ラ』(角川書店 2005)
 筒井康隆+荒俣宏的近未来ディストピアSF.大風呂敷ご都合主義的漫画的な所やキャラの作り方は後の『テンペスト』と同様.好き嫌いは分かれるだろうがこれだけ好き勝手にやってくれたらむしろ爽快.

○岸本佐知子『ねにもつタイプ』(筑摩書房 2007.ちくま文庫2010)
 正気と狂気/夢と現実の境界の曖昧さに気付かせてくれる共感度の高いエッセイ集.文庫版のほうが4編追加でお得.

○『野坂昭如ルネッサンスE 骨餓身峠死人葛』(岩浪現代文庫 2008)
 「焼け跡派」と称されていただけあって全ての収録作に太平洋戦争が影を落としている.しかし松本健一が指摘するとおり戦時だろうと平時だろうと世界は常に夥しい死者の犠牲の上に生者が君臨していると見る著者の史観は一貫している.傑作揃いだが表題作――教科書に採用するなら「火垂るの墓」よりもこっちだ ――が余りに傑出しているために他の作品が地味に見えるのが残念.

△海堂尊『死因不明社会』(講談社ブルーバックス 2007)
 ノンフィクションの体裁を採っているがAi(死亡時画像病理診断)を中核とした医療システム再構築を訴えるあからさまなプロバガンダ本である.これだけ首尾一貫して旗幟鮮明な作家も珍しい.

○寒川旭『日本人はどんな大地震を経験してきたのか 地震考古学入門』(平凡社新書 2011)
 巻末の年表を見れば大きな地震の回数が1990年代以降グンと増えていることは瞭然.日本列島自体が地殻変動によって出来上がった地表の皺みたいな存在なんだからここにいる限りどこに逃げようと――例えば熊本に逃げようと――安全とはいえない.もっとも全地球規模でも地殻活動は活発化してるみたいだから海外に逃げたところで安全ともいえないが.それならば地震は必ず起きるものと観念し起きた際の被害を最小限に留めることに注力すべきでありそのためには過去の大地震の様相を研究することが重要という至極もっともな主張なのでした.

△竹内薫『99.9%は仮説』(光文社新書 2006)
 とはいえプレートテクトニクスもまた仮説にすぎない.常識と見なされているものの殆どは仮説でしかない.例えば飛行機を飛ばすことはできても何故飛ぶのかという原理についての決定的な説は未だにない.健全な懐疑心と相対主義の必要性を説く本書は首肯できる内容だが入門書的すぎてやや物足りない.

○式貴士『窓鴉 式貴士抒情小説コレクション』(光文社文庫 2012)
 『カンタン刑』(光文社文庫 2008)の解説を読んで平山夢明が式貴士にいかれていたことが分かったが本作解説で瀬名秀明もやられていたことが判明.エログロとセンチメンタリズムを矛盾なく両立できる所は筒井康隆を思わせる.式の作家デビューは筒井より17年ほど遅いが(1977年)年齢は一歳年上(1933年生まれ).近いセンスだったのかも知れない.

○横溝正史『病院坂の首縊りの家』(角川書店 1978)
 ミステリとしてどうのこうの以前に本作は金田一耕助最後の事件だということ――あぁもう耕ちゃんには会えないのだという喪失感を与えられること――だけで感慨深い.「横溝正史の小説世界の、最大の特徴であるところのものは、ストーリイの変幻自在や心理の綾ではなくて、この、鮮烈な具象性、イメージそのものである。」(栗本薫)というのはそのとおりだと思う.例えば11月26日は何の日かというと横溝の読者にとっては何を措いても「本陣殺人事件」が起こった日なのである...

映画
△ジャン・ルノワール『ゲームの規則』(1939 仏)
 英題も "The Rules of the Game" だというし原題 "La R?gle Du Jeu" の "jeu" を「ゲーム」と訳すのは正しいんだろうけどニュアンスが違う気がする.より広義に「遊びのルール」ぐらいに捉えた方がいいのではないか.それは兎も角当時の仏蘭西階級社会の情況を実感的に理解し得ない身にとっては心底理解することは難しい気がした.

○ジャン・ルノワール『フレンチ・カンカン』(1954 仏)
 復元長尺版.初めて観たのに既視感ありありの場面が多いのは本作をパクった映画のほうを沢山観てきたからなんだろうと思わせるお約束シーン満載の芸能映画.聖林よりも日活よりもオトナなところがお仏蘭西らしいざんす.

△ヴェルナー・ヘルツォーク『世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶』(2010 米・仏)
 取り敢えず壁画自体は面白い.絵画は人類の進化に伴って発展してきたものではなく三万年前も今も巧い人は巧い/センスがある人はあるということが分かる.だが何でヘルツォークがこうしたドキュメンタリーを撮ったのかは謎.最後に洞窟に程近い場所にある原発や放射能の影響で生まれた(?)アルビノの鰐を出してくるあたりは思わせぶりだが.

○ヤン・ヨンヒ『かぞくのくに』(2012 日)
 自分の頭で考えること自体が処罰の対象となる北朝鮮/自分の頭で考えたことが多数派に属していないと段階的に処罰される日本.

△大林宣彦『この空の花−長岡花火物語』(2011 日)
 太平洋戦争と長岡花火との関わりを描く映画として制作開始された映画の撮影中に起こった東日本大震災を後から物語に組み込んだために分裂的な内容になってしまった.それを力業で纏め上げたところが大林ならではと思わせる怪作.

○ターセム・シン『白雪姫と鏡の女王』(2012 米)
 最初から最後まで楽しめる白雪姫映画の最高傑作? 極悪女王を演じるジュリア・ロバーツが実に楽しそう.ティム・バートンふうだが昨今のティム作品よりも面白い.

鑑賞
△豊島みみずく資料館
△旧江戸川乱歩亭特別公開
○弥生美術館「大伴昌司の大図鑑展」・竹久夢二美術館「夢二と大正時代 III」

2012.10.08 GESO

タイトル2012/08/05■194 ここ一か月の覚書
記事No275   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:35:29
投稿者管理人
映画
○シャンカール『ロボット[完全版]』(2007 印)
 「自我」を持ったロボットを巡って人間が右往左往する物語自体はごくベタでパンフ記載の惹句のような「ワケわからん」ものでは全くないが印度映画独特の「変」なお約束――必然性なく挿入される数々のミュージカル場面など――を保持しつつ聖林映画を完璧に咀嚼しド迫力アクション場面も天こ盛りにした娯楽大作.少なくとも近年の聖林映画よりは面白い.

○白尾一博『ドキュメント灰野敬二』(2012 日)
 スタジオ練習――と言うよりも「修行」――と生演奏の場面以外は殆ど本人へのインタヴューで構成された『全身灰野敬二』とでも言うべき記録映画.愛聴する音楽と演奏する音楽との間に全く乖離を感じていないと思しき本人の自信或いは傲慢が至極眩しい.灰野を全く知らない人にこそ楽しんで欲しい作品だが何故/何時から常に黒眼鏡を掛けるようになったのかという誰しも感じるであろう疑問に答えてくれない点のみ不満.

△堤幸彦『エイトレンジャー』(2012 日)
 関ジャニ∞は好きだけど監督は堤か... テレビ上がりの監督が作る映画は画面を大きくすれば映画になるだろう程度のスケール感に留まるものが多いので全然期待しないで観た割にはヒーローもののツボは一応押さえていたから安い『ダークナイト』『キック・アス』ぐらいには楽しめた.三池崇史版『ヤッターマン』のDVDを今度借りてどっちが面白いか較べたい.自分が結構ベッキー好きだと分かったのが発見だったが多分松岡きっこ・真理アンヌ系統だからなんだろうと分析.


○三上延『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』(メディアワークス文庫 2011)
○同『ビブリア古書堂の事件手帖2〜栞子さんと謎めく日常〜』(メディアワークス文庫 2011)
○同『ビブリア古書堂の事件手帖3〜栞子さんと消えない絆〜』(メディアワークス文庫 2012)
 古書を扱ったミステリといえば愛書家が殺し合う殺伐としたものを思い浮かべるがこれは「日常の謎」もの.本の虫で極端に人見知りな古書店主人の女性が安楽椅子探偵役でそこで働く本アレルギー――好きだけど読めない――の青年が語り手.ラノベ作家は流石にキャラ創りが巧い.たまにはこういう心和むミステリもいい――時々殺人事件も起こって欲しいけど.巻が進むに連れて雰囲気が暗くなっている所が少々気懸かり.

△東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』(小学館 2010)
 お嬢様刑事に仕える執事による これも安楽椅子探偵もの.予想していたほど酷い作品ではなかったが矢張りこの作者のユーモア感覚とは相性が合わなくてイラッとする所が多い.

△百田尚樹『モンスター』(幻冬舎文庫 2012.親本 2010)
 ベタな物語ながらヒトの外見の「美醜」とは何なのかタブーを超えて考えさせる問題作.美容整形を考えている人は必読.

○有川浩『塩の街』(角川文庫 2010.親本 メディアワークス 2007)
 併録のサイドストーリー4短編は甘ったるすぎるが表題の長編デビュー作には感心.

△喜多喜久『ラブ・ケミストリー』(宝島社文庫 2012.親本 2011)
 惹句「理系草食男子のラブコメ&ミステリー」どおりの内容.ミステリ要素は希薄だが後味は良い青春小説.

○海堂尊『アリアドネの弾丸 上下』(宝島社文庫 2012.親本 2010)
 シリーズものは律儀に順を追って読むことにしているので1作目『チーム・バチスタの栄光』しか読んだことがないのに(←感想は「まぁまぁ」)間を飛ばして5作目を読むのは例外的なこと――たまたまそういう機会に巡り会っただけだが.結果的に本作はファンサービスの過剰さ/旧作を読んでいないと分かりづらいという欠点を持ちながらも島田荘司が解説で言うように本格ミステリとして充分面白かった.関係者を一堂に集めて探偵が理詰めで真犯人を追い詰めるというお約束の場面に俺の中のアナクロミステリファンがグッときたのだと分析.
△同『夢見る黄金地球儀』(創元推理文庫 2009.親本 2007)
 この作者による初のノンシリーズ作品とのこと.解説の香山二三郎が言うように確かに「いささか悪ノリ」で書かれた犯罪喜劇小説だが冗句の山の中に伏線を紛れ込ませているから油断はならない.

○カミラ・レックバリ『エリカ&パトリック事件簿 死を啼く鳥』(集英社文庫 2012.原著 2006)
 シリーズ4作目.ミステリとしても群像劇としてもとても面白く早く続きが読みたくなる.本国ではこの後既に4作出ているようだが翻訳が追いつかないのが歯痒い――瑞典語の翻訳家が少ないからだろうけど.テレビ映画版の放映も要望.

○榎並重之『ニーチェのように考えること――雷鳴の轟きの下で』(河出書房新社 2012)
 俺が今まで正気を保てたのは――つまり社会による狂気の刻印の基準を知りそこから何とか免れ得たのは――ニーチェとフーコーと榎並・三橋を読んだお陰.そんな実用書的読み方は著者たちに失礼で忸怩たる思いがあるが... どうせ誰も読まないだろうけどP.186からの戦争論だけでも読んで欲しい気はする.

○『週刊漫画ゴラク 8月3日号』(日本文芸社 2012)
 たまたま山手線の座席で拾ったからだがゴラクを読むのは何年振りだろう... 超長期連載――「ミナミの帝王」「天牌」「SとM」「白竜」「江戸前の旬」「銀牙伝説WEED」「酒のほそ道」「極楽シアター」等――の多さに先ず驚き次に『少年ジャンプ』で死んだ筈のドーベルマン刑事が「新・ドーベルマン刑事」として蘇っていたり かざま鋭二が自作のゴルフ漫画「親玉'S(マスターズ)」を描いているのにへぇっと思った.メイン読者をオヤジ層に設定している所為かエロ度の高い作品がやや多いが比較的新しい連載群を含めて扱うジャンルは万遍無い.正しいマンネリズムを貫くゴラクは侮れない.

ライヴ
7.14渋谷O-Nest「円盤夏祭り」
  ○EPPAI 右手でミニキーボードを/左手でヴァイオリンを――弓の持ち手部分を両足に挟んで垂直に立て(何か補助パイプのようなもので固定していたのかも知れない)本体の方を動かす奏法で――弾くと共に足の指先に括り付けたカスタネット/口元のホルダーに挟んだカズーも演奏するワンマンバンド.演目はブリティッシュトラッドやポルカ.楽しい.
 △東京マリーバンド メンバーが7人も必要なのだろうか?
 △三角みづ紀+河端一 三角が朗読する詩はさっぱり響いてこなかったが河端のスペイシーな即興ギターは気持ち良かった.
 △佐藤幸雄el-g,vo+POP鈴木ds 数十年ぶりに観た元すきすきスウィッチの佐藤.覚めた叙情を感じさせる弾き語りは奥田民生が好きな方々にもお勧めできる.
 △triola〜久美オラ ますますアレンジが緻密になった久美オラ(倉地久美夫vo,el-g,ac-g+triola[波多野敦子vn,vo+手島絵里子vla]).倉地楽曲の弦楽アレンジ版は印象が新鮮な今のうちに記録しておくべきだと思う.

7.15西荻窪toki『庭にお願い』上映会+倉地ソロwith吉田悠樹(二胡)
 映画上映はエンドロール前でプッツリ切れて終わったり画質が酷かったりで散々×だったが,その後の倉地ライヴの方は今年観た内で最良○.

7.21仙川せんがわ劇場「JAZZ ARTせんがわ2012」
 19年振りに訪れた仙川はすっかり小洒落た街になっていた.街ぐるみで盛り上げている今年で5回目になるイヴェントらしいが一見の客への説明が不親切で全体像が掴みがたい/料金が高い/劇場の音響が悪い等の不満あり.ちなみに喫煙者に対して厳しすぎる体制にも辟易.
 △倉地久美夫トリオ(倉地el-g,vo+菊地成孔as,pf+外山明ds)
  菊地が精彩を欠いていると思ったら実は高熱でフラフラの状態だった由.そのぶん力が抜けてて良い所もあったがもう一二曲聞きたかったところで律儀に持ち時間どおり終了したのは物足りない.
 ×ペットボトル人間(デイヴ・スキャンロンel-g+吉田野乃子as+デイヴ・ミラーds)
  情緒を排した複雑で速いパッセージを一糸乱れぬアンサンブルでこれ見よがし聞かせるトリオ.こういうのをニューヨーク派って言うの? 知らないけど.ザッパの音楽の一部分をループにしたような一本調子な演奏は巧いけどそれが何っていう感じ.
 △藤原清登トリオ(藤原清登b+ダヴィデ・サントルソラpf+福家俊介ds+巻上公一vo)
  スタンダードナンバーをフリージャズっぽく変奏した楽曲が主.心和む人は和むのだろう.巻上のヴォーカルは多彩なテクニックを擁しているがデメトリオ・ストラトスやコレット・マニーに較べるとどうしても小手先技に聞こえてしまう.
 △坂田明as+ジム・オルークel-g+山本達久ds+高岡大祐tuba
  正しくイディオマティックなフリージャズの典型のような熱演.興奮する人は興奮するのだろうけど.

△7/28三鷹 武蔵野芸能劇場 翠羅臼 作・演出 無人駅公演Vol.2『南北逆曼荼羅』
 この顔触れでオーソドックスな歌舞伎ミステリだったのは意外で楽しめたがミステリとして/芝居としてどうかという点ではギリギリ及第点.観客の期待を煽っておきながらどんでん返しが肩すかしだったのは残念.

△7/29明大前キッド・アイラック・ホール「竹田賢一大正琴即興独弾 当たるも砕けろ 六十四卦の六四上がり溢し」
 竹田のソロの美点はいつまでも老成することのない青さに尽きる.ゲスト鈴木健雄[ホーミ+テープループ]とのデュオでは竹田が遠慮しすぎ.ゲスト木村由[ダンス]とのデュオは噛み合う箇所があるのか理解不能.

 7月10日にロル・コクスヒルが亡くなった.メモによると俺は『PF』誌の依頼により1983年10月3日に法政大でロル・コクスヒル+スケルトン・クルーのライヴ終了後コクスヒルにインタヴューしたことになっている.だが結局雑誌は刊行されず原稿もテープも手許に無くインタヴュー内容も覚えていない.あれは何だったんだろう.勿体ない気がするばかり.

2012.08.05 GESO

タイトル2012/07/01■193 ここ半年間の覚書
記事No274   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:34:26
投稿者管理人

○ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ IV』(講談社 2011)
 ノイタミラ版アニメの安っぽさにはがっかりしたが原作は相変わらず面白い.
○『山田風太郎 ミステリー傑作選1〜10』(光文社文庫 2001〜2002)
 刊行中に作者が逝去したことも感慨深いアンソロジー.他の短編集で既読の作品も多いが改めて読むとやはり山風の前に山風なく山風の後に山風なし.世に天才と呼ばれる作家の殆どは実は鬼才異才秀才の範疇だが山風は掛け値なしに天才.第3巻の解説で森村誠一がいみじくも述べているとおり「風太郎作品世界は同業者にとって盗みたい宝の庫」であると「同時に読者を魅了し尽くし、いったん虜にされれば脱出不可能な小説中毒の檻となる」もの.
○貴志祐介『ダークゾーン』(祥伝社 2011)
 ふと気付くと自分は戦隊の「駒」として何処とも知れぬ戦場に居りあるルールに則って敵戦隊と戦わなければならない...という設定は直ちに永井豪『真夜中の戦士』を想起させる.それは作者は百も承知で本作の中で「設定が(中略)まんまそっくり」と言及しているし小説ではフレドリック・ブラウンの『闘技場』という短編がこの種の――異世界でゲーム的な戦闘を強要される――物語の原型であることも説明している.ほかにも奥浩哉『GANTZ』や山田正紀『人藝競馬 悪魔のギャンブル』や作者自身の旧作『クリムゾンの迷宮』(焼き直し?)等連想される作品は多い.つまり設定自体はまるで目新しくない訳だからかなり自信がなければ書けない小説に挑戦した訳だ.古い革袋に新しい酒を入れるのが巧いということ.
△同『悪の教典 上下』(文藝春秋 2011)
 頭脳明晰という割には杜撰な犯行が多いにも拘わらず殆どがバレないというのはご都合主義的だがアスペルガーという言葉を回避したと思われる点を除いて自主規制なしにタブーを描いている点は潔い.下巻の大量殺戮シーン描写を読んでいると往年の『バトル・ロワイヤル』など牧歌的に思えてくる.
△奥泉光『プラトン学園』(講談社 1997)
 『バナールな現象』の続編?PCソフト内世界と現実世界との混淆を文学的虚構で包み込んだ作者得意の「虚構まみれ」メタエンタメ小説だが帯の惹句「クリックから始まる震撼のサイコ・ミステリー」というのはちょっと違うのでは.古い譬えで言えば『スミヤキストQの冒険』+『虚人たち』といった趣で『鳥類学者のファンタジア』『モーダルな事象』といった後の傑作の習作のよう.新聞連載小説だった点が意外.
○皆川博子『薔薇忌』(実業之日本社 1990)
 短編7編を収録.全て芝居絡みのそれ自体が一幕の芝居のような作品の中でこの世ならぬ者たちが当たり前のように行き交う.
△北川歩実『金のゆりかご』(集英社文庫 2001.親本 1998)
△内田百閨w贋作吾輩は猫である』(旺文社文庫 1984.初版 新潮社 1950)
 全篇無駄話.
△村田基『愛の衝撃』(ハヤカワ文庫 1992)
 再購入.もう少し描写力があれば...
△やまだ紫『新編 性悪猫』(ちくま文庫 1990.親本 1980 青林堂)
○『日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集』(創元推理文庫 1984)
 中井英夫の解説も○.「化人幻戯」に「ユリゴコロ」を想起.
△折原一『放火魔』(文春文庫 2010.親本『疑惑』改題)
 折原の短編集の中では良い.
○『日本探偵小説全集9 横溝正史集』(創元推理文庫 1986)
 正史再評価.栗本薫の解説も○.
△美内すずえ『ガラスの仮面 48』(白泉社 2012)
 展開は早くなったが手抜きも増えた.
△中山康樹『かんちがい音楽評論 JAZZ編』(彩流社 2012)
 著者自身の勘違いも多い.
△『KAWADE夢ムック ジョン・コルトレーン』(文藝春秋 2012)
 フリージャズへの興味からではなく批評への興味から読んだがハズレ.
○山田正紀『ファイナル・オペラ』(早川書房 2012)
 良くも悪くも正紀様にしか書けない能ミステリ.
○蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語 3』(メディアファクトリー 2012)
△ひろのみずえ『首七つ』(大日本図書 2006)
△蒼井上鷹『4ページミステリー』(双葉文庫 2010)
△乙一他『七つの黒い夢』(新潮文庫 2006円)
○木内昇『茗荷谷の猫』(文春文庫 2011.親本 2008)
△『アルテス VOL.01』(アルテスパブリッシング 2011)/△同VOL.2(同 2012)
 いずれも掲載記事は玉石混淆.
○島田裕巳『葬式は、要らない』(幻冬舎新書 2010)
 ほぼ同感.
○牧野武文『Googleの正体』(マイコミ新書 2010)
△村瀬拓男『電子書籍の真実』(同前)
 やや出版社寄りの見方なのはやむを得ないか.
○服部まゆみ『ハムレット狂詩曲』(光文社文庫 2000.親本 1997)
 後味爽やか.著者の早世が惜しまれる.
○連城三紀彦『黄昏のベルリン』(文春文庫 2007.親本1988 講談社)
 国際謀略小説も書けるのね.抽斗多い.
○天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(ピュアフル文庫 2008.親本 筑摩書房 1973)
○松田洋子『ママゴト 2』(エンターブレイン 2012)
○清野とおる『東京都北区赤羽 8』(Bbmfマガジン 2012)
○『アレクシア女史、欧羅巴で騎士団と遭う』
 3作目.新作ほど面白いが順番に読むしかない.
△山田正紀『ふたり、幸村』(徳間書店 2012)
 時代小説にマジックリアリズムを導入する試みは面白いが本作では未だ物足りない.
○東陽片岡『コモエスタうすらばか』(青林工藝舎 2012)
 いつもと同じでいつも良い.
○赤江瀑『光堂』(徳間文庫 1996.親本 1991)
 掛け替えのない作家がまた一人逝ってしまった.
△横溝正史『髑髏検校』(角川文庫 2008.親本 1970)
 表題作は竜頭蛇尾だが併録「神変稲妻車]は○.都筑・山風に共通する江戸読本〜講談本の系譜.
○卯月妙子『人間仮免中』(イースト・プレス 2012)
 本人も凄まじいが周囲の人の「優しさ」の方が凄まじい.
○長岡弘樹『傍聞き』(双葉文庫 2011.親本 2008)
 お見事.
○横溝正史『悪霊島』(角川書店 1980)
 遺作.長編は乱歩より巧いのでは.
○田中克彦『差別語からはいる言語学入門』(ちくま学芸文庫 2012.親本 明石書店 2001)
 事なかれ主義と闘う言語学者はウヨクよりもトラディショナルでサヨクよりもラディカル.文学自体を差別的な存在と思わせるに至るラディカリズム.
○連城三紀彦『ため息の時間』(集英社文庫 1994.親本 1991)
 巧緻な小説を書く他の作家と較べて鼻につかない理由の一つは知識や情報をひけらかさないことか.
雑誌類略.

映画
○レフ・マイェフスキ『ブリューゲルの動く絵』(2011 波・瑞)
 ブリューゲルの『十字架を担うキリスト』(1564)を「実写化」した怪作.イエスがゴルゴタで処刑される――復活が描かれないのは本作が宗教映画ではないという表明か――1世紀前半のローマと異端者が虐殺される16世紀半ばのフランドルが重ね合わせて描かれる.ブリューゲルが風車番に合図して風車が止まると同時に時間も止まるという場面――あんたらはクロノスか?――が特撮ではなく出演者「ほぼ」全員――馬はずっと尻尾を振ってたし指先で演技してる役者もいた――が動きを止めて演じているところがアナログで良かった.シャーロット・ランプリング(聖母マリア)もルドガー・ハウアー(ブリューゲル)も年齢相応に老けてた...

△園子温『ヒミズ』(2011 日)
○平野遼『ホリデイ』(2011 日)
○武内英樹『テルマエ・ロマエ』(2012 日)
△入江悠『SR3 ロードサイドの逃亡者』(2012 日)
×フェデリコ・フェリーニ『8 1/2』(1963 伊)
 フェリーニってどこがいいんだろう.ニーノ・ロータの音楽が無ければ観るに耐えない.
○篠田正浩『夕陽に赤い俺の顔』(1961 日)
 再見.DVD化希望.
○岡本喜八『殺人狂時代』(1967 日)
 三見.天本英世カッケー!
○スティーブン・ダルドリー『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(2011 米)
△マーティン・スコセッシ『ヒューゴの不思議な発明』(2011 米)
 映像は良いがシナリオは散漫.
△ティム・バートン『ダーク・シャドウ』(2012 米)
 異形を演じるデップはいつも楽しそう.

DVD
○ピエール・コフィン+クリス・ルノー『怪盗グルーの月泥棒』(2010 米)
○園子温『冷たい熱帯魚』(2010 日)
 グロの徹底ぶりが爽やか.
×常田高志『タケオ』(2011 米)
 ダウン症のドラマーを描くドキュメンタリーだが主役を持ち上げる演出が過剰.
△大曾根辰夫『七変化狸御殿』(1955 日)
 有島一郎の怪演が楽しい.
○マリア・ホルヴァット(『ハンガリアン・フォークテイルズ』(2002 洪)
 まんがハンガリー昔ばなし.
△ピンク・マルティーニ『DISCOVER THE WORLD』
 コンサート・ライヴ.嫌いではない頽廃音楽.
○ニールス・アルデン・オプレヴ『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009 瑞)
△ダニエル・アルフレッドソン『ミレニアム2 火と戯れる女』(2009 瑞・丁・独)
△同『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(2009 瑞・丁・独)
 2,3も工夫を凝らして飽きさせないもののやはり1作目がベスト.先に映画を観てしまったが原作を読まねば.

CD
○五月みどり『青春傑作集』(2011 日)
△ウォルフガング・ダウナー『FREE ACTION』(1967 独)
△ピンク・マルティーニ『Splendor in the Grass』(2009 米)[邦題『草原の輝き』].
○カン『The Lost Tapes』(2012 米)
 1968〜1975年の発掘音源3枚組.サンパチオープンリールテープのパッケージを復元した箱入り/縦25cm×横26cm×24ページカラーブックレット付きで2.637円.安すぎる!というか,邦盤って高すぎ.

ライヴ
△1.22六本木スーパーデラックス 倉地久美夫トリオ
△3.17新宿K'sシネマ 倉地久美夫ミニライヴ
3.18高円寺円盤
 △柳家小春・○倉地+柳家
4.29高円寺彦六「魂の密会」
 ×大谷氏・○竹田賢一
△5.4新宿裏窓 西村卓也ソロ
△5.5新宿裏窓 竹田賢一ソロ
△5.6新宿裏窓 鈴木健雄ソロ
○6.2国立アトリエダダ 蜂蜜劇場『不屈の民』
6.9吉祥寺FoxHole
 △triola・△倉地ソロ・△クミオラ(倉地+triola)
6.10池袋MusicOrg
 ○吉田悠樹+ジム・オルーク+山本達久・△倉地ソロ・×倉地+山本+吉田+オルーク.

2012.07.01 GESO

タイトル2011/12/31■192 逝く年狂う年
記事No273   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:33:27
投稿者管理人
 嗚呼もう今年も終わる.
 前回アップしたのは7月だったか... その後何もまとめる気にならず,時々メモするのみだった.
 まぁそんな年だったということで,書き散らしたメモをそのまま並べて終えることにしよう.

○皆川博子『花闇』(中央公論社 1987)
 その凄まじい役者生涯に惹かれてか,澤村田之助を題材にした作品は結構あるようだ.小説では北森鴻『狂乱廿四孝』,松井今朝子「心残して」,漫画では村上もとか『JIN−仁』等.本作もその一つ.皆川作品としては幻想味が薄くやや地味だが,その分リアルで,松井の時代小説に近い味わい.役者の立ち居振舞いが眼前に浮かんでくる芝居の描写は流石である.山本昌代『江戸役者異聞』や南條範夫『三世沢村田之助―小よし聞書』もそのうち読みたい.

△本田達男『まむしの兄弟 お礼参り』(1971 日)
 1作目と間違えて2作目のDVDを観てしまった.涙あり笑いありの青春学園ドラマのヤクザ版みたい.違うのは主役がチンピラ(劣等生に相当)の菅原文太と川地民夫であること.古き良きヤクザ(優等生に相当)といった感じの安藤昇は本物の迫力.古いヤクザが経済ヤクザに移行してきた時代背景が見えるような見えないような.

Slapp Happyの『絶望一直線』を久し振りに聞き返したら,"Bad Alchemy"がまるで"Kew.Rhone"の中の1曲みたいに聞こえた.

○吉田秋生『海街diary 4 帰れない ふたり』(小学館フラワーズコミックス 2011)
○清野とおる『東京都北区赤羽 7』((Bbmfマガジン 2011)
 海街は実にゆっくりしたペースで,赤羽は凄いハイペースで出ている.いずれも永遠に続いて欲しいシリーズ.

△藤沢周平他『時代小説最前線 T』(新潮社 1994)
 すれっからしにはあんまり普通に巧い小説ばかりで退屈だ.

△ステファニー・ピントフ『邪悪』(ハヤカワ・ミステリ文庫 2011.原著 2009)
 刑事と犯罪学者のコンビが,猟奇殺人に挑む...という設定はありがちだが,設定を1905年のニューヨーク郊外にした点が本作のミソ.日本は明治38年,バルチック艦隊を撃滅〜ポーツマス条約締結の年であり,本作の事件が起こった――虚構だから起こっちゃいないんですけどね――時期は,伊藤博文が特派大使として大韓帝国へ派遣された頃である.謎解きとしては大したことはないが,ノスタルジックな味わいは良い.

○酒見賢一『陋巷にあり』全13巻(新潮文庫 1992〜2002,親本 1988〜2000)
 漸く全巻を(中古で)揃えたので,最初から読み始める.1巻目は意外に坦々としてたが,2巻目から徐々に娯楽性が高くなってくる.ときに山風忍法帖ものを思わせる戦闘場面は読者サービスでもあるが,作者も楽しんで書いてる感じ.作者自ら公言するとおり,『孔子暗黒伝』の影響は大きいので――主人公は孔子よりもむしろ顔回だが――諸星の絵を頭に描きながら読むと面白さが更に増す.まだ5巻目.
 ...と書いてから2か月.読み終えるのが惜しかったが読了.ダレ場もあったけど,全体として凄い小説を読んだ!という満足感に浸っている.けれど,本作は孔子が顔回らと共に魯を出て放浪の旅に向かう場面で終わっているので,やはり続編が読みたくなる.諸星『西遊妖猿伝』の新章が11年の歳月を経て再開したように,いつか再開して欲しい――そう言えば『陋巷にあり』も完結してから今年で11年目だからそろそろ... でも,著者は今『泣き虫弱虫諸葛孔明』で手一杯なのだろうな.

△ジェームズ・ガン『スーパー!』(2010 米)
 中高年向けの『キックアス』といったところ.欲求不満のまま頭を吹き飛ばされてしまうボルティー・ガール(エレン・ペイジ)が不憫...

△米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』(新潮社 2008)
 連作短編ミステリ.いずれも名家の娘やそこに仕えるメイドが出て来る浮世離れした設定である.この作家は初めて読んだが,かなりダーク.

○カミラ・レックバリ『悪童』(集英社文庫 2011.原著 2005)
 エリカ&パトリック事件簿の3作目.今回は陰惨な幼女殺人.小説としては古いスタイルだが,面白いからOK.池上冬樹が言うとおり,ミステリとしては冗長で,群像劇として楽しむべき作品だと思う.暗澹たる人生を送る人物や無茶苦茶性格が悪い人物にも感情移入させてしまう筆力は凄い.

○桐野夏生『対論集 発火点』(文藝春秋 2009)
 対論というより対談.相手は松浦理英子・皆川博子・林真理子・斎藤環・重松清・小池真理子・柳美里・星野智幸・佐藤優・坂東眞砂子・原武史・西川美和.面白さは対談相手次第だが,松浦・皆川・柳・佐藤・板東・西村との対話は,創作論が窺えて興味深い.林との対談は,本当は嫌い合っているのを隠しつつ表面上は和やか,という感じがスリリング.小池とはエロ話に終始.

○堀江敏幸『いつか王子駅で』(新潮文庫 2006.親本 2001)
 東京都北区王子に暮らす「私」の日常を坦々と描いた私小説ふうでもあり随筆ふうでもある長編.ゆったりしたテンポに乗れさえすれば楽しめる――というか,作者と共に物思うことができる.

△辺見庸『もの食う人びと』(角川文庫 1997.親本 共同通信社 1994)

○ジュリオ・マンフレドニア『人生、ここにあり!』(2008 伊)

△ゲイル・キャリガー『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』(早川書房 2011.原著 2009)
△同『アレクシア女史、飛行船で人狼城を訪う』(早川書房 2011.原著 2010)
 人類と異界族(人狼や吸血鬼)が共存するパラレル・ヴィクトリア朝英国を舞台にしたスティーム・パンク? ラノベ乗りで楽しめる.

○木内一裕『藁の楯』(講談社文庫 2007.親本 2004)
 『BE-BOP-HIGHSCHOOL』には興味なかったけど,Vシネ初監督作品『カルロス』を観て,きうちかずひろという漫画家は侮れないと思ったのは随分昔のこと.本名の表記に変えて小説家に転じた第1作が本作.孫娘を惨殺された資産家が,犯人の首に巨額の賞金を賭ける.いつ誰が襲ってくるか分からない中,福岡から東京までの移送を命じられた5人の警察官たち...ベタな設定で非常に読みやすく映画的――すぎむらしんいちに言わせるとジョン・フランハイマーふう.最近はベタなものでも全く受け容れられるようになったので,楽しめた.漫画家出身の小説家としての実力は山上龍彦よりも上みたいだから,山たつみたいに漫画に戻って来ることはないだろう.本当は映画監督をやりたいのだろうけど.

○同『水の中の犬』(講談社文庫 2010.親本 2007)
 確実に腕を上げた2作目は中編3話から成る連作.「情報屋がいて、ヤクザがいて、警官と麻薬常習者がいる。誰もがどこかで見たことのある物語にもかかわらず、ここでしか読めない、ま新しい感触が持続する」(吉田大介の解説).確かに.ハードボイルドの美学が思い切った結末を用意し,次作への期待を高める.

○同『アウト&アウト』(講談社文庫 2011.親本 2009)
 3作目は2作目の続編のように見えて全く独立した作品.前作同様オーソドックスなハードボイルド仕様で始まるが,プロットがどんどん捩れていって展開の予測は小気味よく裏切られる.あんまり面白かったので,最新作『キッド』をAmazonに注文.

○同『キッド』(講談社 2010)
 注文したら翌日届いた「本当は怖いAmazon」.木内の最新作は,今までで最もエンタメ度が高い,バイオレントな原宏一という感じの痛快作.今回は刑事(くずれ)やヤクザくずれではなくBE-BOP系の20歳のアンチャンが主人公の巻き込まれ型サスペンスで,確かに読み出したら止まらず電車内〜飲み屋で一気に読了.このレヴェルの作品を年に1冊出してくれたら文句はない.→最新作『デッドボール』が出た.来年買おう.

○赤江瀑『蝶の骨』(徳間文庫 1981.親本 1978)
 甘美な破滅への道をひた走る女性が主人公の官能小説.解説の体裁を放棄した皆川博子の賛辞が熱い.熱すぎる.

○辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』(講談社ノベルス 2004)
 最新作『水底フェスタ』を読みたいと思ったが,このデビュー作を長年積ん読してたのを思い出して,先にした.密室化した校舎に閉じ込められた高校生8人...『密閉教室』や『雪密室』が想起される.西澤保彦ほど複雑ではないがどうも設定は超常的なようである.青春ミステリを甘酸っぱく感じるには年を取りすぎたな...などと思いつつ読んで上巻の終わりにきたら「中巻に続く」の文字が! あれ,上下巻完結じゃなかったっけ? と慌ててAmazonに中巻を注文したら二日後に届く.早えー!

○マーク・トウェイン『不思議な少年』(岩波文庫 1969.原著 1916)
○『マーク・トウエン短編集』(新潮文庫 1961.原作 1860〜1899頃)
 ハックルベリ・フィンやトム・ソーヤーの明るさとは対象的な,ペシミズムに満ちた辛辣な作品群.晩年の筆者は相当な人間嫌いだったという.トウェインの不思議な少年に較べて山下和美版「不思議な少年」の何と優しいことか.

○皆川博子『光の廃墟』(文春文庫 1998.親本 1978)
 最初期,3作目の長編.マサダの遺跡発掘キャンプを舞台にしたミステリ.デビュー間もない頃からこの完成度の高さだったのかと感服.

○同『開かせていただき光栄です』(早川書房 2011)
 著者81歳の最新作.創作意欲が全然衰えてなくて素晴らしい.18世紀英国を舞台にした「解剖学」ミステリで,ダークコメディの要素もある傑作じゃないですか! 英国で映画化してくれないかな.解剖教室の弟子たち5人が歌う「解剖ソング」を聞いてみたい.

○島田荘司『帝都衛星軌道』(講談社 2006)
 島田作品で一番好きなのは『斜め屋敷の犯罪』と『奇想、天を動かす』だが,今回の表題作は後者に及ばぬまでもそれを想起させる「本格推理」と「社会派推理」(懐かしい)の融合作.身代金受渡し場所を山手線内に指定するという意表を突いた誘拐事件から始まる,Who/Why/Howダニットのバランスがいい感じ.長編としては短めのそれを前後編に分け,間に「ジャングルの虫たち」という独立した中編が挟まる構成.「ジャングル」はホームレスを語り手にしたかなり重苦しい非ミステリ作品.

○連城三紀彦『一夜の櫛』(新潮文庫 1988)
○同『夜のない窓』(文春文庫 1993.親本 1990)

○イ・ジョンボム『アジョシ』(韓国 2010)
 アジョシは「おじさん」って意味なのか.殺し屋と少女の交流は『レオン』を想起させるが,こっちの方がより血腥い.ウォンビンは確かに格好いい.アクションの切れの良さでは,日本映画は韓国映画に敵わんな.

○エミール・クストリッツァ『アンダーグラウンド』(1995 仏・独・洪牙利)
 デジタルリマスター版を初鑑賞.1941年〜現代に至る旧ユーゴスラヴィアの歴史を虚実交えて描いた大群像劇.確かに映画史に残る傑作であろう,これは.

△富田克也『サウダーヂ』(2010 日)
 成る程サウダーヂとは山王団地の聞き違いであったか... ハッピーエンドも嘘臭い希望も描かないリアルさという点で,正に今観るべき映画.だが,全ての伏線が綺麗に回収されなくてもいいにせよ,もう少し回収すれば良かったのに,という物語的不満は残る(日輪水のこととか).意図的にカタルシスを排したのだと解釈すればそれで良いとしても,最後のカタストロフィも中途半端な感じで,モヤモヤが残る.因みに,胡散臭い衆議院議員役で出演している宮台真司は,太って田中康夫に似てきた.

○戌井昭人編『深沢七郎コレクション 流』『同 転』(ちくま文庫 2010)
 収録作品の選択には文句ないが,発表年と年譜くらいの資料は付けて欲しかった.

○望月諒子『ハイパープラジア』(徳間書店 2008)
 『パラサイト・イヴ』や『仁』を想起させる医療SF.長編としては短めで,内容も地味だが,先行作に劣らぬ隠れた傑作だと思う.

○同『大絵画展』(光文社 2011)
 コンゲームもの.プロデビューしてるのに「日本ミステリー文学大賞新人賞」に応募して優勝をもぎ取っちゃうところは凄い(ちょっと狡い気もするけど).

△清水義範『幸福の軛』(幻冬舎 2003)
 人間描写に今ひとつ深みがないのね.

○連城三紀彦『一夜の櫛』(新潮文庫 1988)

△蒼井上鷹『バツリスト』(祥伝社 1910)

○三隅研次『とむらい師たち』(1968 大映)
 久し振りに映画館で観直した野坂昭如原作・勝新版『おくりびと』(笑).映画的には破綻してる気もするけど,それでもこっちの方がずっと良い.ラストシーンの廃墟(水爆戦?後の世界)に,3/11を想起せざるを得なかった.

○水生大海『少女たちの羅針盤』(原書房 2009)
 映画化されてるとか?

○服部正『影よ踊れ』(東京創元社 1994)
 魔界のホームズ.結構罰当たりなパスティーシュ.

○近藤史恵『サクリファイス』(新潮文庫 2010.親本 2007)
 出た当時かなり話題になったと記憶しているが,成る程,こりゃ巧い.自転車ロードレースに全然興味なくても一気に読める.

○中島らも+小堀純『せんべろ探偵が行く』(集英社文庫 2011.親本 2003)
 安居酒屋の楽しいガイドブックだが,らも氏が亡くなり,採り上げられた店の多くも無くなっていることを思うと,読後感はちょっと寂しい.

○日下三蔵編『乱歩の幻影』(ちくま文庫 1999)
 乱歩へのオマージュを集めたアンソロジー.数少ない服部正作品が載ってるので買ったが,他の作品も良い.特に山風「伊賀の散歩者」の読者大サービスぶりと,島田荘司「乱歩の幻影」の嘘のもっともらしさに感心.

△真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』(徳間文庫 2011.親本 2008)
 まほかるかと思った読んだら折原一だった,みたいな――文章が下手なのかワザと下手に書いているのか判然としない点を含めて.

○ゲイル・キャリガー『アレクシア女史、欧羅巴で騎士団と遭う』(早川書房 2011.原著 2010)
 3作目が一番気に入った.

○矢口敦子『人形になる』(徳間文庫 2008.親本 1998)
 最近流行りの「イヤミス」の先駆的作品であろうか...

○沖田×華『ガキのためいき 1』(講談社 2011)
 アスペルガー症候群の作者による自伝漫画.面白がっていいんだろうか? いいと思う.

○『文藝別冊 総特集 諸星大二郎』(河出書房新社 2011)
 ファンなら黙って買うしかない.

 ...来年は平穏あれかし.

2011.12.31 GESO

タイトル2011/07/31■191 部分復帰
記事No272   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:32:22
投稿者管理人
 今朝も未明にやや大きな地震があったが,もはや「また必ず巨大地震が起きる」という前提で先のことを考えざるを得ないと思う.
 それでも原発を止めるべきではないという主張は「その方が儲かる」立場か,あるいは破滅願望からしか出て来ないのではないか...

 暫く何も書く気が起きなかったが,少し恢復したので,ここ数箇月間の覚書.

 3/11に自室の本棚が崩落した.主因が荷重超過にあったことは確実である.寝場所はその脇なので,震災発生が深夜だったら圧死していた可能性が高い.
 流石に懲りて,思い切って部屋のモノを大量処分することにした.
 ざっと書籍1100冊,LP250枚,シングル盤140枚,カセットテープ670本を処分.
 まだ半分以上――シングルなどあと1200枚も――残っているのだが,今はこれ以上減らすのは気分的に無理.CDも未だ棄てられない――数十枚は処分するつもりで纏めてあるが...
 本とLPは業者に買い取ってもらえたが,シングルとカセットは値が付きそうもないので,ゴミとして捨てるほかなかった.
 思い切ったつもりだったが,懐かしいカセットが詰まった透明袋がゴミ置場で雨晒しになっているのを見ると,胸が痛んだ.
 インデックスカード――律儀に英文タイプで打ったものが多い――だけは棄てきれずに取っておいたところが,我ながら未練がましい.
 ついでに,空になったカセットボックス群,アコギ,ギターエフェクター,ハードディスクレコーダー,古いノートパソコン等々場所を取るものを,何回かに分けて粗大ゴミとして処分したり,業者に引き取ってもらった.処理手数料がえらくかかった.
 工務店に壁の補強と本棚の作り付けを発注〜工事が完了し,何とかモノを置けるようになったのが6月下旬.
 ああスッキリした,もうモノは増やすまい――と思っているのだが...

○沼田まほかる『ユリゴコロ』(双葉社 2011)
 小説も映画も陳腐な「家族もの」が大多数で辟易するが,まほかるの最新作はミステリの骨子を保ちつつ生半可な家族小説の枠を超えて善悪の彼岸に至る家族愛を描いた力業.彼女の作品の中ではかなり「優しい」方だけれど初めての読者には過酷に違いなく好き嫌いがはっきり分かれるだろう.俺は断固支持.

○森田実『原子力発電の夜明け』(1966 日)
 東海村原発の建設工程を丹念に描いたドキュメンタリー映画.文部省推薦の国策映画だが,当時の大勢は「原子力の平和利用」を夢見て受け容れていたことが分かる貴重な記録.

○土本典昭『原発切抜帖』(1982 日)
 監督が実際に新聞や雑誌からスクラップしていた原子力問題関連「記事」の映像に,小沢昭一のナレーションと水牛楽団の演奏が被さるシンプルな実験的ドキュメンタリー映画.スリーマイル島事故後に作られたものだが,広島への原爆投下に始まり,ビキニ環礁での核実験,第五福竜丸事件,敦賀原発やむつ号の放射能漏れといった本作で採り上げられた数々のトピックを振り返ると,国や電力会社の対応が今回の福島原発事故後のそれと殆ど変わりないことや,いつの間にか話題に上らなくなり有耶無耶にされてきたことが分かり,結局誰も過去から学んでこなかったのだと思い暗澹とする.聞き覚えのある楽曲(例「君といつまでも」)のパロディめいた旋律が飛び出す水牛楽団の演奏は可笑しい――タモリの3枚目のアルバムを思い出した.

○連城三紀彦『少女』(光文社文庫 1988.親本 1984)
○同『明日という過去に』(幻冬舎文庫 1997.親本 1993)
○同『牡牛の柔らかな肉』(文春文庫 1996.親本 1993)
 尼僧が主役のピカレスク小説『牡牛』なんか殆ど漫画的な乗りのエンタメだけど,落とし所は結構深い.連城はやっぱり面白い.

△鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』(双葉社 1976)
 戦前の作家の珍しい短編を集めたアンソロジー.村山傀多・江戸川乱歩・小酒井不木・大下陀児・横溝正史・大阪圭吉以外――城昌幸・倉田啓明・松浦美寿一・妹尾アキ夫・岡戸武平・橋本五郎・米田三星・平林初之輔・冬木荒之介・南沢十七・西尾正・氷川瓏・西田政治――は知らない作家ばかり.怪奇というより猟奇趣味的な作品が多いのが特徴だが,流石に古臭さは拭えない.徳南晴一郎「猫の喪服」を想起させる氷川瓏「乳母車」が,短いけれど印象的.本文イラストが花輪和一だったことに入手後気付いて,得した気分.

○辻真先『本格・結婚殺人事件』(朝日ソノラマ 1997)
 ポテトとスーパーが結婚する契機となる事件と言ったら,ファンなら読むでしょう.

△千葉泰樹『女給』(1955 日)
 平凡なBG(今ならOL)が,結婚資金を稼ぐために始めたアルバイト 銀座の女給(今ならホステス)業に嵌って成り上がっていくという,男性中心社会が続く限り「永遠に繰り返される」――近年のヒット作だと『女帝』みたいな――物語.主役の杉葉子は全然古びて見えない.

△千葉泰樹『悪の愉しみ』(1954 日)
 石川達三原作.ピカレスクロマンというには主人公のワル振りは世故すぎ/短慮すぎて,「実存主義的」という評価は全く当を得ていない.

○阿刀田高編『ブラック・ユーモア傑作選』(光文社カッパ・ノベルス 1981)
 初版当時買って読んだ記憶があるがいつの間にか紛失し古本で買い直したものを積ん読にしてたのが本の整理中に出て来たので懐かしくなって再読.編者が「ブラック・ユーモアの解釈をできるだけ広いものとして扱ってみた」と言うだけあって「桜の森の満開の下」「骨餓身峠死人葛」「夢十夜のうち"第十夜"」といった周知の名作もあれば飯沢匡「座頭H」や和田誠「おさる日記」といった珍品――どちらも傑作――もある全16編収録の充実したアンソロジーである.筒井康隆作品で選ばれたのが「五郎八航空」なのにはちょっと納得いかないけれど横光利一「ナポレオンと田虫」を読んで筒井が横光の影響を受けていることを再認識したり別のアンソロジーにも収録されていた日影丈吉「吉備津の釜」を再発見したりして楽しめた.これら全部を「ブラック・ユーモア」に括っても構わないのだろうが「奇妙な味の小説」と言っても差し支えないと思う.

△e-NOVELS編『黄昏ホテル』(小学館 2004)
 架空のリゾート・ホテルを舞台に20人の作家が競作したアンソロジー.古びたホテルには怪談が似合うと見えて,20作中5編は幽霊譚ないしそのヴァリエイションである.あとはミステリ,幻想小説,ハードボイルド等.気に入ったのは篠田真由美,加納朋子,牧野修の作品.

○東野圭吾『天空の蜂』(講談社文庫 1998.親本 1995)
 東野は好みじゃないんで長いこと積ん読していたが,ふと読んでみたところ意外な内容――犯人たちが自衛隊に納入予定の巨大ヘリを奪って無線操作し,敦賀原発の上空でホバリングさせて,全ての原発を停止しなければ落とす,と国を脅迫するパニック小説.猶予は数時間,おまけにヘリには誤って潜り込んだ子供が乗ってる... 発表当時読んでたら絵空事に感じたかも知れないが,今読むとかなり現実味を感じる.クライマックス部分があっさりしすぎているという不満はあるが,取材はしっかりしており,原発問題の殆どはここでも既に示されていたのだった.

○冨永昌敬『アトムの足音が聞こえる』(2010 日)
 アニメ『鉄腕アトム』の効果音を創った「音響デザイナー」大野松雄の足跡を辿るドキュメンタリー映画.大野の「手を抜いても手を抜いたように見せないのがプロ」(だったかな? まぁそんな趣旨)という姿勢と,小杉武久から借りたという発信器の使い方が面白かった.

△日本文藝家協会編『現代の小説1996』(徳間書店 1996)
 今も続いている短編小説の年鑑.伊集院静,山口洋子,有吉玉青,長部日出雄といったベテラン作家の達者な小説を読むと,普通の小説も悪くないなとは思うが,当方にとっての普通の小説というのはミステリとかSFとか幻想小説なので,泡坂妻夫や眉村卓や山田正紀を読んだ方がやはりしっくりするのだった.でも,野坂昭如――阪神大震災の後日談を描いた「神戸鎮魂――五十年目の娼婦」――など,流石に凄いと感心.

○都筑道夫『宇宙大密室』(創元SF文庫 2011)
 著者唯一のSF短編集――あとはショートショート集と長編――ということになってるけど,収録作品数では「創作エロ民話」が最多なので,ちょっと首を傾げてしまうが,気にするまい.同タイトルのオリジナル版は1974年にハヤカワ文庫JAから→短編3作品を追加のうえ再編集,『フォークロスコープ日本』と改題したものが1982年に徳間文庫から→更に中編1作品とインタビューを追加のうえ再々編集,過去の文庫版解説も再録し,タイトルを元に戻したのが今回の創元版.よって,この「完全版」を買えば過去の2冊を買う必要がなく,都筑入門用にはお得な1冊.

○蔵原惟繕『狂熱の季節』(1960 日)
 川地民夫のトークがあるというので,阿佐谷ラピュタで再観.河野典生の小説「狂熱のデュエット」を元にした日活ヌーヴェルヴァーグ作品.物語的には破綻してる気がするけど,映像は今見てもモダン.邦画で初めて手持ちカメラのみでゲリラ的に撮影した作品だったとか,当初は郷^治が主役の予定だったとか,川地さんは夏の間だけ逗子駅前で氷屋をやっているとか,面白い話がいろいろ聞けた.

○霧舎巧『名探偵はもういない』(原書房 2002)
 デビュー作『ドッペルゲンガー宮《あかずの扉》研究会 流氷館へ』(講談社ノベルス 1999)が今ひとつだったのでその後読んでいなかったが,本作は本格と新本格が適度にブレンドされており楽しめた.「読者への挑戦」なんて見るのは久し振りだ...

○池永永一『テンペスト 上下』(角川書店 2008)
 琉球王国末期を舞台にした大歴史ロマン.昔の大河小説に較べればテンポが速い.いかにもお約束の展開ながら,抗い難い面白さ.NHKでドラマ化したそうだが――家は見られる環境にない――菊地秀行ふうエログロシーンをどう誤魔化して描いたか,全10回にどう収めたのかには,興味ある.

○結城信孝編『ミステリア』(祥伝社文庫 2003)
 女性作家限定のミステリー・アンソロジーシリーズ.篠田節子・新津きよみ・加納朋子・近藤史恵・皆川博子は読んだことがあるけど,牧村泉・明野照葉・桐生典子・山岡都・菅浩江は初めて.ミステリといえるのは新津・加納・近藤の作品ぐらいで,あとはむしろホラーだが,どれも面白い.

○ダーレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』(2010 米)
 スポ根的なバレエ映画を期待して観に行った人は,血腥さい描写と(エロティックというよりも)セクシュアルな描写にショックを受けるであろうサイコホラー.ナタリー・ポートマンの入神の演技とヘップバーン激似振りに圧倒されるだけでも観る価値あり.

○中島哲也『パコと魔法の絵本』(2008 日)
 泣くも笑うも一緒です((c)夕子と弥生).巧い監督である.

○武富健治『鈴木先生 11』(双葉社 2011)
 遂に完結.漫画史に残る作品の一つでしょう.

○諸星大二郎『西遊妖猿伝 西域篇 3』(講談社 2011)
○東陽片岡『シアワセのレモンサワー』(愛育社 2011)
○清野とおる『東京都北区赤羽 6』((Bbmfマガジン 2011)
○美内すずえ『ガラスの仮面 47』(白泉社花とゆめCOMICS 2011)
○日本橋ヨヲコ『少女ファイト 8』(講談社 2011)
 新刊が出たら必ず買うシリーズ漫画.あ,東陽さんのは初のエッセイ集.ガラかめは,ここのところ展開が早くなってきたとはいえ,今どきの連載漫画だったら数巻で済ませるところに40巻以上も費やしている所が凄い.

○堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫 2011)
 『原発ジプシー』(現代書館 1979→講談社文庫 1984)の復刊.「現場」を体験するために1978年9月から1979年4月にかけて美浜〜福島第一〜敦賀の3箇所の原発で日雇労働者として働いた記録.読んでいるだけで息苦しくなる過酷で危険な労働現場.汚れ仕事を日雇いに押し付けた電力会社の杜撰な管理.切られることを恐れて事故隠しに奔走する下請会社.手配師の阿漕なピンハネ等々.こうした構造は原発の始まりから恐らく何も変わっていなくて,これからも変わりそうにないと思うと,またしても暗澹とする.全くの偶然だが,作者が福島第一原発で働いていた1979年3月11日にも大きな地震が起こっている(事故には至らず).

○デュアル文庫編集部編『NOVEL 21 少年の時間』(徳間書店 2001)
○同『NOVEL 21 少女の空間』(徳間書店 2001)
 上遠野浩平・菅浩江・平山夢明・杉本蓮・西澤保彦・山田正紀(以上『少年』)・小林泰三・青木和・篠田真由美・大塚英志・二階堂黎人・梶尾真治(以上『少女』)による書き下ろし短編集.巻末に山田正紀と西澤保彦の対談を前後編で併録.脱-ジャンル小説といった意味合いで「ハイブリッド・エンタテインメント・アンソロジー」と銘打ってるけど,別にSFで括ったって問題ないと思う.どちらかというと「少年」編の方が面白かった.

2011.07.31 GESO

タイトル2011/04/18■190 After 3.11
記事No271   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:30:39
投稿者管理人
[3.11以後]
 想い出して色々メモしてみたが,どう書いても暗い愚痴めいた記述に終始しそうなので,やめた.
 兎も角,3.11を境に何かが変わってしまったという感覚を払拭することは最早不可能に思える.
 他の私的なストレスも絡んでいるが,あの日以来,足が地に着いていない気分が続いていて,時間感覚も少し狂ったままだ.数日後にはすっかり元気になった家の猫よりも,俺の方が遥かに脆い.
 以下には,3.9までに書いたメモを清書せずそのまま載せた.

2011.04.18 GESO

[前回のツヅキ]
 光文社文庫版『都筑道夫コレクション』(全10巻)や創元推理文庫版『退職刑事シリーズ』(全6巻)等も未だ絶版にはなっていないようだが,新刊書店で見掛ける機会が殆どないことが問題ですね.

○井上剛『その街のこども 劇場版』(2010 日)
 NHK大阪制作の阪神淡路大震災15周年記念テレビドラマの劇場版.「フィクションとノンフィクション」について考えさせられる作品だが,問題の核心は「と」の中にある(「と」思った).大友良英の音楽は端的に言ってソツがないがあまり印象に残らない.

○入江悠『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー★傷だらけのライム』(2010 日)
 今回は群馬の女子編.映画としては一作目よりも随分巧くなっている.ヒップホップに全然興味がなくても「地方の青春もの」として観られる普遍性を持ってるのは結構なことだが,この調子で果たして良きマンネリズムとして定着できるんだろうか? 三作目は栃木編だそうだが,そろそろ飽きられても不思議はないな.
 それにしても,このシリーズで観る限り,日本語のラップってEASTEND×YURI「DA.YO.NE」(1994)の頃と大して変わってないような気がするんだが... ま,俺は門外漢だからどうでもいいけど.

○オルドジフ・リプスキー『レモネード・ジョー 或いは、ホース・オペラ』(1964 チェコスロヴァキア)
 チェコ製西部劇にしてミュージカル・コメディー.下戸でレモネードしか飲まない正義のガンマン――でも結構間抜け.実はレモネードメーカーのセールスマンで,社長の御曹司――が悪人ども――あまり憎めない――と戦い,酒・煙草・博打に明け暮れる町民たちを健全化する――でもジャズと売春宿は許容範囲らしい――というお話.一応1885年のアリゾナが舞台になっているが,日活の渡り鳥シリーズみたいな無国籍感が漂う.涙は無いが,笑いもお色気もたっぷりのマッタリした馬鹿映画.

○辺見庸『いまここに在ることの恥』(角川文庫 2010.親本 毎日新聞社 2006)
 「ノーム・チョムスキーは私に、まさに鉈でぶち切るように、こんなことを語りました。――戦後日本の経済復興は徹頭徹尾、米国の戦争に加担したことによるものだ。サンフランシスコ講和条約(一九五一年)はもともと、日本がアジアで犯した戦争犯罪の責任を負うようにはつくられていなかった。日本はそれをよいことに米国の覇権の枠組みのなかで、「真の戦争犯罪人である天皇のもとに」以前のファッショ的国家を再建しようとした。一九三〇年代、五〇年代、そして六〇年代、いったい日本の知識人のどれだけが天皇裕仁を告発したというのか。あなたがたは対米批判の前にそのことをしっかりと見つめるべきだ――。陰影も濃淡も遠慮会釈もここにはありません。あるのはよけいな補助線を省いた恥の指摘でした。『マルスの歌』のような手法など通用しないのです。」(p.93)

○同『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』(角川文庫 2010.親本 大月書店 2009)
 「世界は怪しいのですが、われわれの内面はもっと怪しい。たぶん、われわれのゆがんだ内面は、無意識に権力の増殖に関与し、助けている。原題の権力は可視的な単体ではなく「絶えず無秩序な離合集散をくりかえす無数の合意によってなりたっている」とい欧州のある作家はいいましたが、ぼくらはシニカルに自他を笑いながら無意識に「無数の合意」のひとつを構成し、権力を助長しているのでしょう。これが無意識の荒みなのです。真剣に語ることを冷笑するウィルスをだれもがもっている。そうさせているなにかがある。」(p.117)
 辺見の黙示録を続けて読むと,流石に気が滅入る...

△同『私とマリオ・ジャコメッリ』(NHK出版 2009)
 筆者の真摯さとジャコメッリの写真の良さは疑い得ないにも拘わらず,何故か違和感を覚える.
 モノクローム写真への郷愁を人間にとって普遍的なものと考えていること.
 無意識をあたかも聖域であるかのように語っていること.
 「権力」や「資本」に対する素朴すぎる見方.
 といった点に理由がある.

○浅川マキ他『ロング・グッドバイ 浅川マキの世界』(白夜書房 2011)
 マキ自身の文章のほか,対談,インタビュー,写真,資料(ベスト盤が除かれている点を除けば初の完全ディスコグラフィーや,年譜,コンサート・リスト等)を満載した,ファン必携の公式ガイドブック.
 初めて知る逸話や印象的な談話が多く,興味は尽きない.
 ただし,ディスコグラフィーにベスト盤とEP盤が入っていないことや,コンサート・リストに誤りと思われる箇所や表記の不統一が多いことなど,不満もある.
 「マキさんの音楽について言うと、人が喉から発するのは声なんです。でも、声は歌じゃないんです。いまの歌手の歌になんの感動もないのは、ただ声が出ているだけだからですよ。でも声は歌じゃない」(つのだ☆ひろ)
 「(例えば)彼女が口にする「机」という響きは、机という形はおぼろげにイメージできるかもしれないが、むしろ個人としての机の記憶や、それに関連する体験の周囲的なイメージ、または自分の記憶にさえないものまで思い起こさせる誘発力を持っている」(スティーヴ)
 ちなみに「かもめ」と「懺悔の値打ちもない」はどこのカラオケにも置いてある定番歌謡曲だが,共に殺人者の一人称で書かれた歌詞であることに改めて思いを致すと,驚きを禁じ得ない.〈普通の人が感情移入して歌える殺人者の詩〉を書きえた寺山修司と阿久悠はやはりた只者ではない.

○ケン・グリムウッド『リプレイ』(新潮文庫 1990.原著 1986)
 この小説の本歌取りと言っていい乾くるみ『リピート』(文春文庫 2007.親本 2004)を先に読んでいたので,どうかなぁと思って読み始めたが,本作の面白さが減じることはなかった.
 杉山高之(訳者)が解説に記すとおり,「人生がやり直せたら、というのはあらゆる人間が抱いている夢です。これはあまりにも古く、あまりにもありふれたテーマだから、これを使って広範な読者を満足させる小説を書くことは至難の技です。ところが、ケン・グリムウッドはそれを見事にやってのけたといえるでしょう」.
 他方,乾が本作の日本版を書いた動機も推定できる.一つは,『リプレイ』は米国人の郷愁に訴える所が大きい作品だが,日本人にはそれを理解できても共有することは困難だから.もう一つは,『リプレイ』はジャンルミックス的作品ではあるが,乾の専門であるミステリの味わいは薄かったから.乾の試みが充分成功しているかどうかは意見が分かれるだろうけど,『リプレイ』という傑作に挑戦した果敢さだけでも賞賛に値するだろう.

△都筑道夫他『東京浅草ミステリー傑作選』(河出文庫 1987)
 京都・鎌倉・横浜・神戸・札幌等々10数冊刊行された「ミステリー紀行シリーズ」の1冊.
 アンソロジーの趣向としては面白いけれど,無理矢理集めた感じは否めず,収録作はいずれも面白いが「傑作選」とまでは言い難い.ミステリ的に出来がいいのは日影丈吉「吉備津の釜」と紀田順一郎「無用の人」ぐらいだろう.
 でも,井上ひさしのストリッパー情話「入歯の谷に灯ともす頃」などは,新保博久が解説で述べるとおり「とにかくいい話」ではあるから,悪くはないのだけれど.

○赤江瀑『オイディプスの刃』(角川文庫 1979.親本 1974)
 何で37年前に読まなかったのかを推定すると,当時は角川書店が嫌いだったからだと思う.遅まきながら読んだら,やはり良いものは良いのだった.後の短編群にも現れる「刀」や「香水」は既にこの最初の長編に登場し,馥郁たる血とジャスミンの匂いを放っている.
 タイトルに引き摺られて作品を精神分析的に解釈しようとする磯田光一の解説は,見当違いである.「あたかも刀が小説の主人公であるかのような印象さえ与える」と書いているが,この作品にあっては正に人ならぬ「刀」が主人公なのだから.

○ヤマザキマリ『ルミとマヤとその周辺』全3巻(講談社 2008)
 作者(1967年生まれ)が『テルマエ・ロマエ』だけの人ではないことを示す自叙伝的漫画.父親に先立たれた母一人娘二人の貧しい家族――母親がヴァイオリニストで演奏旅行で殆ど家に居なかったりするところは特殊だが――の昭和40〜50年代の日常生活が描かれる.泣ける話満載だが,単なるノスタルジーには終わらず,ビンボーでも卑屈にならず真っ直ぐ生きよという真っ当なメッセージが説教臭くなく届いて来て清々しい.