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タイトル2012/07/01■193 ここ半年間の覚書
記事No274   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:34:26
投稿者管理人

○ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ IV』(講談社 2011)
 ノイタミラ版アニメの安っぽさにはがっかりしたが原作は相変わらず面白い.
○『山田風太郎 ミステリー傑作選1〜10』(光文社文庫 2001〜2002)
 刊行中に作者が逝去したことも感慨深いアンソロジー.他の短編集で既読の作品も多いが改めて読むとやはり山風の前に山風なく山風の後に山風なし.世に天才と呼ばれる作家の殆どは実は鬼才異才秀才の範疇だが山風は掛け値なしに天才.第3巻の解説で森村誠一がいみじくも述べているとおり「風太郎作品世界は同業者にとって盗みたい宝の庫」であると「同時に読者を魅了し尽くし、いったん虜にされれば脱出不可能な小説中毒の檻となる」もの.
○貴志祐介『ダークゾーン』(祥伝社 2011)
 ふと気付くと自分は戦隊の「駒」として何処とも知れぬ戦場に居りあるルールに則って敵戦隊と戦わなければならない...という設定は直ちに永井豪『真夜中の戦士』を想起させる.それは作者は百も承知で本作の中で「設定が(中略)まんまそっくり」と言及しているし小説ではフレドリック・ブラウンの『闘技場』という短編がこの種の――異世界でゲーム的な戦闘を強要される――物語の原型であることも説明している.ほかにも奥浩哉『GANTZ』や山田正紀『人藝競馬 悪魔のギャンブル』や作者自身の旧作『クリムゾンの迷宮』(焼き直し?)等連想される作品は多い.つまり設定自体はまるで目新しくない訳だからかなり自信がなければ書けない小説に挑戦した訳だ.古い革袋に新しい酒を入れるのが巧いということ.
△同『悪の教典 上下』(文藝春秋 2011)
 頭脳明晰という割には杜撰な犯行が多いにも拘わらず殆どがバレないというのはご都合主義的だがアスペルガーという言葉を回避したと思われる点を除いて自主規制なしにタブーを描いている点は潔い.下巻の大量殺戮シーン描写を読んでいると往年の『バトル・ロワイヤル』など牧歌的に思えてくる.
△奥泉光『プラトン学園』(講談社 1997)
 『バナールな現象』の続編?PCソフト内世界と現実世界との混淆を文学的虚構で包み込んだ作者得意の「虚構まみれ」メタエンタメ小説だが帯の惹句「クリックから始まる震撼のサイコ・ミステリー」というのはちょっと違うのでは.古い譬えで言えば『スミヤキストQの冒険』+『虚人たち』といった趣で『鳥類学者のファンタジア』『モーダルな事象』といった後の傑作の習作のよう.新聞連載小説だった点が意外.
○皆川博子『薔薇忌』(実業之日本社 1990)
 短編7編を収録.全て芝居絡みのそれ自体が一幕の芝居のような作品の中でこの世ならぬ者たちが当たり前のように行き交う.
△北川歩実『金のゆりかご』(集英社文庫 2001.親本 1998)
△内田百閨w贋作吾輩は猫である』(旺文社文庫 1984.初版 新潮社 1950)
 全篇無駄話.
△村田基『愛の衝撃』(ハヤカワ文庫 1992)
 再購入.もう少し描写力があれば...
△やまだ紫『新編 性悪猫』(ちくま文庫 1990.親本 1980 青林堂)
○『日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集』(創元推理文庫 1984)
 中井英夫の解説も○.「化人幻戯」に「ユリゴコロ」を想起.
△折原一『放火魔』(文春文庫 2010.親本『疑惑』改題)
 折原の短編集の中では良い.
○『日本探偵小説全集9 横溝正史集』(創元推理文庫 1986)
 正史再評価.栗本薫の解説も○.
△美内すずえ『ガラスの仮面 48』(白泉社 2012)
 展開は早くなったが手抜きも増えた.
△中山康樹『かんちがい音楽評論 JAZZ編』(彩流社 2012)
 著者自身の勘違いも多い.
△『KAWADE夢ムック ジョン・コルトレーン』(文藝春秋 2012)
 フリージャズへの興味からではなく批評への興味から読んだがハズレ.
○山田正紀『ファイナル・オペラ』(早川書房 2012)
 良くも悪くも正紀様にしか書けない能ミステリ.
○蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語 3』(メディアファクトリー 2012)
△ひろのみずえ『首七つ』(大日本図書 2006)
△蒼井上鷹『4ページミステリー』(双葉文庫 2010)
△乙一他『七つの黒い夢』(新潮文庫 2006円)
○木内昇『茗荷谷の猫』(文春文庫 2011.親本 2008)
△『アルテス VOL.01』(アルテスパブリッシング 2011)/△同VOL.2(同 2012)
 いずれも掲載記事は玉石混淆.
○島田裕巳『葬式は、要らない』(幻冬舎新書 2010)
 ほぼ同感.
○牧野武文『Googleの正体』(マイコミ新書 2010)
△村瀬拓男『電子書籍の真実』(同前)
 やや出版社寄りの見方なのはやむを得ないか.
○服部まゆみ『ハムレット狂詩曲』(光文社文庫 2000.親本 1997)
 後味爽やか.著者の早世が惜しまれる.
○連城三紀彦『黄昏のベルリン』(文春文庫 2007.親本1988 講談社)
 国際謀略小説も書けるのね.抽斗多い.
○天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(ピュアフル文庫 2008.親本 筑摩書房 1973)
○松田洋子『ママゴト 2』(エンターブレイン 2012)
○清野とおる『東京都北区赤羽 8』(Bbmfマガジン 2012)
○『アレクシア女史、欧羅巴で騎士団と遭う』
 3作目.新作ほど面白いが順番に読むしかない.
△山田正紀『ふたり、幸村』(徳間書店 2012)
 時代小説にマジックリアリズムを導入する試みは面白いが本作では未だ物足りない.
○東陽片岡『コモエスタうすらばか』(青林工藝舎 2012)
 いつもと同じでいつも良い.
○赤江瀑『光堂』(徳間文庫 1996.親本 1991)
 掛け替えのない作家がまた一人逝ってしまった.
△横溝正史『髑髏検校』(角川文庫 2008.親本 1970)
 表題作は竜頭蛇尾だが併録「神変稲妻車]は○.都筑・山風に共通する江戸読本〜講談本の系譜.
○卯月妙子『人間仮免中』(イースト・プレス 2012)
 本人も凄まじいが周囲の人の「優しさ」の方が凄まじい.
○長岡弘樹『傍聞き』(双葉文庫 2011.親本 2008)
 お見事.
○横溝正史『悪霊島』(角川書店 1980)
 遺作.長編は乱歩より巧いのでは.
○田中克彦『差別語からはいる言語学入門』(ちくま学芸文庫 2012.親本 明石書店 2001)
 事なかれ主義と闘う言語学者はウヨクよりもトラディショナルでサヨクよりもラディカル.文学自体を差別的な存在と思わせるに至るラディカリズム.
○連城三紀彦『ため息の時間』(集英社文庫 1994.親本 1991)
 巧緻な小説を書く他の作家と較べて鼻につかない理由の一つは知識や情報をひけらかさないことか.
雑誌類略.

映画
○レフ・マイェフスキ『ブリューゲルの動く絵』(2011 波・瑞)
 ブリューゲルの『十字架を担うキリスト』(1564)を「実写化」した怪作.イエスがゴルゴタで処刑される――復活が描かれないのは本作が宗教映画ではないという表明か――1世紀前半のローマと異端者が虐殺される16世紀半ばのフランドルが重ね合わせて描かれる.ブリューゲルが風車番に合図して風車が止まると同時に時間も止まるという場面――あんたらはクロノスか?――が特撮ではなく出演者「ほぼ」全員――馬はずっと尻尾を振ってたし指先で演技してる役者もいた――が動きを止めて演じているところがアナログで良かった.シャーロット・ランプリング(聖母マリア)もルドガー・ハウアー(ブリューゲル)も年齢相応に老けてた...

△園子温『ヒミズ』(2011 日)
○平野遼『ホリデイ』(2011 日)
○武内英樹『テルマエ・ロマエ』(2012 日)
△入江悠『SR3 ロードサイドの逃亡者』(2012 日)
×フェデリコ・フェリーニ『8 1/2』(1963 伊)
 フェリーニってどこがいいんだろう.ニーノ・ロータの音楽が無ければ観るに耐えない.
○篠田正浩『夕陽に赤い俺の顔』(1961 日)
 再見.DVD化希望.
○岡本喜八『殺人狂時代』(1967 日)
 三見.天本英世カッケー!
○スティーブン・ダルドリー『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(2011 米)
△マーティン・スコセッシ『ヒューゴの不思議な発明』(2011 米)
 映像は良いがシナリオは散漫.
△ティム・バートン『ダーク・シャドウ』(2012 米)
 異形を演じるデップはいつも楽しそう.

DVD
○ピエール・コフィン+クリス・ルノー『怪盗グルーの月泥棒』(2010 米)
○園子温『冷たい熱帯魚』(2010 日)
 グロの徹底ぶりが爽やか.
×常田高志『タケオ』(2011 米)
 ダウン症のドラマーを描くドキュメンタリーだが主役を持ち上げる演出が過剰.
△大曾根辰夫『七変化狸御殿』(1955 日)
 有島一郎の怪演が楽しい.
○マリア・ホルヴァット(『ハンガリアン・フォークテイルズ』(2002 洪)
 まんがハンガリー昔ばなし.
△ピンク・マルティーニ『DISCOVER THE WORLD』
 コンサート・ライヴ.嫌いではない頽廃音楽.
○ニールス・アルデン・オプレヴ『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009 瑞)
△ダニエル・アルフレッドソン『ミレニアム2 火と戯れる女』(2009 瑞・丁・独)
△同『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(2009 瑞・丁・独)
 2,3も工夫を凝らして飽きさせないもののやはり1作目がベスト.先に映画を観てしまったが原作を読まねば.

CD
○五月みどり『青春傑作集』(2011 日)
△ウォルフガング・ダウナー『FREE ACTION』(1967 独)
△ピンク・マルティーニ『Splendor in the Grass』(2009 米)[邦題『草原の輝き』].
○カン『The Lost Tapes』(2012 米)
 1968〜1975年の発掘音源3枚組.サンパチオープンリールテープのパッケージを復元した箱入り/縦25cm×横26cm×24ページカラーブックレット付きで2.637円.安すぎる!というか,邦盤って高すぎ.

ライヴ
△1.22六本木スーパーデラックス 倉地久美夫トリオ
△3.17新宿K'sシネマ 倉地久美夫ミニライヴ
3.18高円寺円盤
 △柳家小春・○倉地+柳家
4.29高円寺彦六「魂の密会」
 ×大谷氏・○竹田賢一
△5.4新宿裏窓 西村卓也ソロ
△5.5新宿裏窓 竹田賢一ソロ
△5.6新宿裏窓 鈴木健雄ソロ
○6.2国立アトリエダダ 蜂蜜劇場『不屈の民』
6.9吉祥寺FoxHole
 △triola・△倉地ソロ・△クミオラ(倉地+triola)
6.10池袋MusicOrg
 ○吉田悠樹+ジム・オルーク+山本達久・△倉地ソロ・×倉地+山本+吉田+オルーク.

2012.07.01 GESO

タイトル2011/12/31■192 逝く年狂う年
記事No273   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:33:27
投稿者管理人
 嗚呼もう今年も終わる.
 前回アップしたのは7月だったか... その後何もまとめる気にならず,時々メモするのみだった.
 まぁそんな年だったということで,書き散らしたメモをそのまま並べて終えることにしよう.

○皆川博子『花闇』(中央公論社 1987)
 その凄まじい役者生涯に惹かれてか,澤村田之助を題材にした作品は結構あるようだ.小説では北森鴻『狂乱廿四孝』,松井今朝子「心残して」,漫画では村上もとか『JIN−仁』等.本作もその一つ.皆川作品としては幻想味が薄くやや地味だが,その分リアルで,松井の時代小説に近い味わい.役者の立ち居振舞いが眼前に浮かんでくる芝居の描写は流石である.山本昌代『江戸役者異聞』や南條範夫『三世沢村田之助―小よし聞書』もそのうち読みたい.

△本田達男『まむしの兄弟 お礼参り』(1971 日)
 1作目と間違えて2作目のDVDを観てしまった.涙あり笑いありの青春学園ドラマのヤクザ版みたい.違うのは主役がチンピラ(劣等生に相当)の菅原文太と川地民夫であること.古き良きヤクザ(優等生に相当)といった感じの安藤昇は本物の迫力.古いヤクザが経済ヤクザに移行してきた時代背景が見えるような見えないような.

Slapp Happyの『絶望一直線』を久し振りに聞き返したら,"Bad Alchemy"がまるで"Kew.Rhone"の中の1曲みたいに聞こえた.

○吉田秋生『海街diary 4 帰れない ふたり』(小学館フラワーズコミックス 2011)
○清野とおる『東京都北区赤羽 7』((Bbmfマガジン 2011)
 海街は実にゆっくりしたペースで,赤羽は凄いハイペースで出ている.いずれも永遠に続いて欲しいシリーズ.

△藤沢周平他『時代小説最前線 T』(新潮社 1994)
 すれっからしにはあんまり普通に巧い小説ばかりで退屈だ.

△ステファニー・ピントフ『邪悪』(ハヤカワ・ミステリ文庫 2011.原著 2009)
 刑事と犯罪学者のコンビが,猟奇殺人に挑む...という設定はありがちだが,設定を1905年のニューヨーク郊外にした点が本作のミソ.日本は明治38年,バルチック艦隊を撃滅〜ポーツマス条約締結の年であり,本作の事件が起こった――虚構だから起こっちゃいないんですけどね――時期は,伊藤博文が特派大使として大韓帝国へ派遣された頃である.謎解きとしては大したことはないが,ノスタルジックな味わいは良い.

○酒見賢一『陋巷にあり』全13巻(新潮文庫 1992〜2002,親本 1988〜2000)
 漸く全巻を(中古で)揃えたので,最初から読み始める.1巻目は意外に坦々としてたが,2巻目から徐々に娯楽性が高くなってくる.ときに山風忍法帖ものを思わせる戦闘場面は読者サービスでもあるが,作者も楽しんで書いてる感じ.作者自ら公言するとおり,『孔子暗黒伝』の影響は大きいので――主人公は孔子よりもむしろ顔回だが――諸星の絵を頭に描きながら読むと面白さが更に増す.まだ5巻目.
 ...と書いてから2か月.読み終えるのが惜しかったが読了.ダレ場もあったけど,全体として凄い小説を読んだ!という満足感に浸っている.けれど,本作は孔子が顔回らと共に魯を出て放浪の旅に向かう場面で終わっているので,やはり続編が読みたくなる.諸星『西遊妖猿伝』の新章が11年の歳月を経て再開したように,いつか再開して欲しい――そう言えば『陋巷にあり』も完結してから今年で11年目だからそろそろ... でも,著者は今『泣き虫弱虫諸葛孔明』で手一杯なのだろうな.

△ジェームズ・ガン『スーパー!』(2010 米)
 中高年向けの『キックアス』といったところ.欲求不満のまま頭を吹き飛ばされてしまうボルティー・ガール(エレン・ペイジ)が不憫...

△米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』(新潮社 2008)
 連作短編ミステリ.いずれも名家の娘やそこに仕えるメイドが出て来る浮世離れした設定である.この作家は初めて読んだが,かなりダーク.

○カミラ・レックバリ『悪童』(集英社文庫 2011.原著 2005)
 エリカ&パトリック事件簿の3作目.今回は陰惨な幼女殺人.小説としては古いスタイルだが,面白いからOK.池上冬樹が言うとおり,ミステリとしては冗長で,群像劇として楽しむべき作品だと思う.暗澹たる人生を送る人物や無茶苦茶性格が悪い人物にも感情移入させてしまう筆力は凄い.

○桐野夏生『対論集 発火点』(文藝春秋 2009)
 対論というより対談.相手は松浦理英子・皆川博子・林真理子・斎藤環・重松清・小池真理子・柳美里・星野智幸・佐藤優・坂東眞砂子・原武史・西川美和.面白さは対談相手次第だが,松浦・皆川・柳・佐藤・板東・西村との対話は,創作論が窺えて興味深い.林との対談は,本当は嫌い合っているのを隠しつつ表面上は和やか,という感じがスリリング.小池とはエロ話に終始.

○堀江敏幸『いつか王子駅で』(新潮文庫 2006.親本 2001)
 東京都北区王子に暮らす「私」の日常を坦々と描いた私小説ふうでもあり随筆ふうでもある長編.ゆったりしたテンポに乗れさえすれば楽しめる――というか,作者と共に物思うことができる.

△辺見庸『もの食う人びと』(角川文庫 1997.親本 共同通信社 1994)

○ジュリオ・マンフレドニア『人生、ここにあり!』(2008 伊)

△ゲイル・キャリガー『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』(早川書房 2011.原著 2009)
△同『アレクシア女史、飛行船で人狼城を訪う』(早川書房 2011.原著 2010)
 人類と異界族(人狼や吸血鬼)が共存するパラレル・ヴィクトリア朝英国を舞台にしたスティーム・パンク? ラノベ乗りで楽しめる.

○木内一裕『藁の楯』(講談社文庫 2007.親本 2004)
 『BE-BOP-HIGHSCHOOL』には興味なかったけど,Vシネ初監督作品『カルロス』を観て,きうちかずひろという漫画家は侮れないと思ったのは随分昔のこと.本名の表記に変えて小説家に転じた第1作が本作.孫娘を惨殺された資産家が,犯人の首に巨額の賞金を賭ける.いつ誰が襲ってくるか分からない中,福岡から東京までの移送を命じられた5人の警察官たち...ベタな設定で非常に読みやすく映画的――すぎむらしんいちに言わせるとジョン・フランハイマーふう.最近はベタなものでも全く受け容れられるようになったので,楽しめた.漫画家出身の小説家としての実力は山上龍彦よりも上みたいだから,山たつみたいに漫画に戻って来ることはないだろう.本当は映画監督をやりたいのだろうけど.

○同『水の中の犬』(講談社文庫 2010.親本 2007)
 確実に腕を上げた2作目は中編3話から成る連作.「情報屋がいて、ヤクザがいて、警官と麻薬常習者がいる。誰もがどこかで見たことのある物語にもかかわらず、ここでしか読めない、ま新しい感触が持続する」(吉田大介の解説).確かに.ハードボイルドの美学が思い切った結末を用意し,次作への期待を高める.

○同『アウト&アウト』(講談社文庫 2011.親本 2009)
 3作目は2作目の続編のように見えて全く独立した作品.前作同様オーソドックスなハードボイルド仕様で始まるが,プロットがどんどん捩れていって展開の予測は小気味よく裏切られる.あんまり面白かったので,最新作『キッド』をAmazonに注文.

○同『キッド』(講談社 2010)
 注文したら翌日届いた「本当は怖いAmazon」.木内の最新作は,今までで最もエンタメ度が高い,バイオレントな原宏一という感じの痛快作.今回は刑事(くずれ)やヤクザくずれではなくBE-BOP系の20歳のアンチャンが主人公の巻き込まれ型サスペンスで,確かに読み出したら止まらず電車内〜飲み屋で一気に読了.このレヴェルの作品を年に1冊出してくれたら文句はない.→最新作『デッドボール』が出た.来年買おう.

○赤江瀑『蝶の骨』(徳間文庫 1981.親本 1978)
 甘美な破滅への道をひた走る女性が主人公の官能小説.解説の体裁を放棄した皆川博子の賛辞が熱い.熱すぎる.

○辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』(講談社ノベルス 2004)
 最新作『水底フェスタ』を読みたいと思ったが,このデビュー作を長年積ん読してたのを思い出して,先にした.密室化した校舎に閉じ込められた高校生8人...『密閉教室』や『雪密室』が想起される.西澤保彦ほど複雑ではないがどうも設定は超常的なようである.青春ミステリを甘酸っぱく感じるには年を取りすぎたな...などと思いつつ読んで上巻の終わりにきたら「中巻に続く」の文字が! あれ,上下巻完結じゃなかったっけ? と慌ててAmazonに中巻を注文したら二日後に届く.早えー!

○マーク・トウェイン『不思議な少年』(岩波文庫 1969.原著 1916)
○『マーク・トウエン短編集』(新潮文庫 1961.原作 1860〜1899頃)
 ハックルベリ・フィンやトム・ソーヤーの明るさとは対象的な,ペシミズムに満ちた辛辣な作品群.晩年の筆者は相当な人間嫌いだったという.トウェインの不思議な少年に較べて山下和美版「不思議な少年」の何と優しいことか.

○皆川博子『光の廃墟』(文春文庫 1998.親本 1978)
 最初期,3作目の長編.マサダの遺跡発掘キャンプを舞台にしたミステリ.デビュー間もない頃からこの完成度の高さだったのかと感服.

○同『開かせていただき光栄です』(早川書房 2011)
 著者81歳の最新作.創作意欲が全然衰えてなくて素晴らしい.18世紀英国を舞台にした「解剖学」ミステリで,ダークコメディの要素もある傑作じゃないですか! 英国で映画化してくれないかな.解剖教室の弟子たち5人が歌う「解剖ソング」を聞いてみたい.

○島田荘司『帝都衛星軌道』(講談社 2006)
 島田作品で一番好きなのは『斜め屋敷の犯罪』と『奇想、天を動かす』だが,今回の表題作は後者に及ばぬまでもそれを想起させる「本格推理」と「社会派推理」(懐かしい)の融合作.身代金受渡し場所を山手線内に指定するという意表を突いた誘拐事件から始まる,Who/Why/Howダニットのバランスがいい感じ.長編としては短めのそれを前後編に分け,間に「ジャングルの虫たち」という独立した中編が挟まる構成.「ジャングル」はホームレスを語り手にしたかなり重苦しい非ミステリ作品.

○連城三紀彦『一夜の櫛』(新潮文庫 1988)
○同『夜のない窓』(文春文庫 1993.親本 1990)

○イ・ジョンボム『アジョシ』(韓国 2010)
 アジョシは「おじさん」って意味なのか.殺し屋と少女の交流は『レオン』を想起させるが,こっちの方がより血腥い.ウォンビンは確かに格好いい.アクションの切れの良さでは,日本映画は韓国映画に敵わんな.

○エミール・クストリッツァ『アンダーグラウンド』(1995 仏・独・洪牙利)
 デジタルリマスター版を初鑑賞.1941年〜現代に至る旧ユーゴスラヴィアの歴史を虚実交えて描いた大群像劇.確かに映画史に残る傑作であろう,これは.

△富田克也『サウダーヂ』(2010 日)
 成る程サウダーヂとは山王団地の聞き違いであったか... ハッピーエンドも嘘臭い希望も描かないリアルさという点で,正に今観るべき映画.だが,全ての伏線が綺麗に回収されなくてもいいにせよ,もう少し回収すれば良かったのに,という物語的不満は残る(日輪水のこととか).意図的にカタルシスを排したのだと解釈すればそれで良いとしても,最後のカタストロフィも中途半端な感じで,モヤモヤが残る.因みに,胡散臭い衆議院議員役で出演している宮台真司は,太って田中康夫に似てきた.

○戌井昭人編『深沢七郎コレクション 流』『同 転』(ちくま文庫 2010)
 収録作品の選択には文句ないが,発表年と年譜くらいの資料は付けて欲しかった.

○望月諒子『ハイパープラジア』(徳間書店 2008)
 『パラサイト・イヴ』や『仁』を想起させる医療SF.長編としては短めで,内容も地味だが,先行作に劣らぬ隠れた傑作だと思う.

○同『大絵画展』(光文社 2011)
 コンゲームもの.プロデビューしてるのに「日本ミステリー文学大賞新人賞」に応募して優勝をもぎ取っちゃうところは凄い(ちょっと狡い気もするけど).

△清水義範『幸福の軛』(幻冬舎 2003)
 人間描写に今ひとつ深みがないのね.

○連城三紀彦『一夜の櫛』(新潮文庫 1988)

△蒼井上鷹『バツリスト』(祥伝社 1910)

○三隅研次『とむらい師たち』(1968 大映)
 久し振りに映画館で観直した野坂昭如原作・勝新版『おくりびと』(笑).映画的には破綻してる気もするけど,それでもこっちの方がずっと良い.ラストシーンの廃墟(水爆戦?後の世界)に,3/11を想起せざるを得なかった.

○水生大海『少女たちの羅針盤』(原書房 2009)
 映画化されてるとか?

○服部正『影よ踊れ』(東京創元社 1994)
 魔界のホームズ.結構罰当たりなパスティーシュ.

○近藤史恵『サクリファイス』(新潮文庫 2010.親本 2007)
 出た当時かなり話題になったと記憶しているが,成る程,こりゃ巧い.自転車ロードレースに全然興味なくても一気に読める.

○中島らも+小堀純『せんべろ探偵が行く』(集英社文庫 2011.親本 2003)
 安居酒屋の楽しいガイドブックだが,らも氏が亡くなり,採り上げられた店の多くも無くなっていることを思うと,読後感はちょっと寂しい.

○日下三蔵編『乱歩の幻影』(ちくま文庫 1999)
 乱歩へのオマージュを集めたアンソロジー.数少ない服部正作品が載ってるので買ったが,他の作品も良い.特に山風「伊賀の散歩者」の読者大サービスぶりと,島田荘司「乱歩の幻影」の嘘のもっともらしさに感心.

△真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』(徳間文庫 2011.親本 2008)
 まほかるかと思った読んだら折原一だった,みたいな――文章が下手なのかワザと下手に書いているのか判然としない点を含めて.

○ゲイル・キャリガー『アレクシア女史、欧羅巴で騎士団と遭う』(早川書房 2011.原著 2010)
 3作目が一番気に入った.

○矢口敦子『人形になる』(徳間文庫 2008.親本 1998)
 最近流行りの「イヤミス」の先駆的作品であろうか...

○沖田×華『ガキのためいき 1』(講談社 2011)
 アスペルガー症候群の作者による自伝漫画.面白がっていいんだろうか? いいと思う.

○『文藝別冊 総特集 諸星大二郎』(河出書房新社 2011)
 ファンなら黙って買うしかない.

 ...来年は平穏あれかし.

2011.12.31 GESO

タイトル2011/07/31■191 部分復帰
記事No272   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:32:22
投稿者管理人
 今朝も未明にやや大きな地震があったが,もはや「また必ず巨大地震が起きる」という前提で先のことを考えざるを得ないと思う.
 それでも原発を止めるべきではないという主張は「その方が儲かる」立場か,あるいは破滅願望からしか出て来ないのではないか...

 暫く何も書く気が起きなかったが,少し恢復したので,ここ数箇月間の覚書.

 3/11に自室の本棚が崩落した.主因が荷重超過にあったことは確実である.寝場所はその脇なので,震災発生が深夜だったら圧死していた可能性が高い.
 流石に懲りて,思い切って部屋のモノを大量処分することにした.
 ざっと書籍1100冊,LP250枚,シングル盤140枚,カセットテープ670本を処分.
 まだ半分以上――シングルなどあと1200枚も――残っているのだが,今はこれ以上減らすのは気分的に無理.CDも未だ棄てられない――数十枚は処分するつもりで纏めてあるが...
 本とLPは業者に買い取ってもらえたが,シングルとカセットは値が付きそうもないので,ゴミとして捨てるほかなかった.
 思い切ったつもりだったが,懐かしいカセットが詰まった透明袋がゴミ置場で雨晒しになっているのを見ると,胸が痛んだ.
 インデックスカード――律儀に英文タイプで打ったものが多い――だけは棄てきれずに取っておいたところが,我ながら未練がましい.
 ついでに,空になったカセットボックス群,アコギ,ギターエフェクター,ハードディスクレコーダー,古いノートパソコン等々場所を取るものを,何回かに分けて粗大ゴミとして処分したり,業者に引き取ってもらった.処理手数料がえらくかかった.
 工務店に壁の補強と本棚の作り付けを発注〜工事が完了し,何とかモノを置けるようになったのが6月下旬.
 ああスッキリした,もうモノは増やすまい――と思っているのだが...

○沼田まほかる『ユリゴコロ』(双葉社 2011)
 小説も映画も陳腐な「家族もの」が大多数で辟易するが,まほかるの最新作はミステリの骨子を保ちつつ生半可な家族小説の枠を超えて善悪の彼岸に至る家族愛を描いた力業.彼女の作品の中ではかなり「優しい」方だけれど初めての読者には過酷に違いなく好き嫌いがはっきり分かれるだろう.俺は断固支持.

○森田実『原子力発電の夜明け』(1966 日)
 東海村原発の建設工程を丹念に描いたドキュメンタリー映画.文部省推薦の国策映画だが,当時の大勢は「原子力の平和利用」を夢見て受け容れていたことが分かる貴重な記録.

○土本典昭『原発切抜帖』(1982 日)
 監督が実際に新聞や雑誌からスクラップしていた原子力問題関連「記事」の映像に,小沢昭一のナレーションと水牛楽団の演奏が被さるシンプルな実験的ドキュメンタリー映画.スリーマイル島事故後に作られたものだが,広島への原爆投下に始まり,ビキニ環礁での核実験,第五福竜丸事件,敦賀原発やむつ号の放射能漏れといった本作で採り上げられた数々のトピックを振り返ると,国や電力会社の対応が今回の福島原発事故後のそれと殆ど変わりないことや,いつの間にか話題に上らなくなり有耶無耶にされてきたことが分かり,結局誰も過去から学んでこなかったのだと思い暗澹とする.聞き覚えのある楽曲(例「君といつまでも」)のパロディめいた旋律が飛び出す水牛楽団の演奏は可笑しい――タモリの3枚目のアルバムを思い出した.

○連城三紀彦『少女』(光文社文庫 1988.親本 1984)
○同『明日という過去に』(幻冬舎文庫 1997.親本 1993)
○同『牡牛の柔らかな肉』(文春文庫 1996.親本 1993)
 尼僧が主役のピカレスク小説『牡牛』なんか殆ど漫画的な乗りのエンタメだけど,落とし所は結構深い.連城はやっぱり面白い.

△鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』(双葉社 1976)
 戦前の作家の珍しい短編を集めたアンソロジー.村山傀多・江戸川乱歩・小酒井不木・大下陀児・横溝正史・大阪圭吉以外――城昌幸・倉田啓明・松浦美寿一・妹尾アキ夫・岡戸武平・橋本五郎・米田三星・平林初之輔・冬木荒之介・南沢十七・西尾正・氷川瓏・西田政治――は知らない作家ばかり.怪奇というより猟奇趣味的な作品が多いのが特徴だが,流石に古臭さは拭えない.徳南晴一郎「猫の喪服」を想起させる氷川瓏「乳母車」が,短いけれど印象的.本文イラストが花輪和一だったことに入手後気付いて,得した気分.

○辻真先『本格・結婚殺人事件』(朝日ソノラマ 1997)
 ポテトとスーパーが結婚する契機となる事件と言ったら,ファンなら読むでしょう.

△千葉泰樹『女給』(1955 日)
 平凡なBG(今ならOL)が,結婚資金を稼ぐために始めたアルバイト 銀座の女給(今ならホステス)業に嵌って成り上がっていくという,男性中心社会が続く限り「永遠に繰り返される」――近年のヒット作だと『女帝』みたいな――物語.主役の杉葉子は全然古びて見えない.

△千葉泰樹『悪の愉しみ』(1954 日)
 石川達三原作.ピカレスクロマンというには主人公のワル振りは世故すぎ/短慮すぎて,「実存主義的」という評価は全く当を得ていない.

○阿刀田高編『ブラック・ユーモア傑作選』(光文社カッパ・ノベルス 1981)
 初版当時買って読んだ記憶があるがいつの間にか紛失し古本で買い直したものを積ん読にしてたのが本の整理中に出て来たので懐かしくなって再読.編者が「ブラック・ユーモアの解釈をできるだけ広いものとして扱ってみた」と言うだけあって「桜の森の満開の下」「骨餓身峠死人葛」「夢十夜のうち"第十夜"」といった周知の名作もあれば飯沢匡「座頭H」や和田誠「おさる日記」といった珍品――どちらも傑作――もある全16編収録の充実したアンソロジーである.筒井康隆作品で選ばれたのが「五郎八航空」なのにはちょっと納得いかないけれど横光利一「ナポレオンと田虫」を読んで筒井が横光の影響を受けていることを再認識したり別のアンソロジーにも収録されていた日影丈吉「吉備津の釜」を再発見したりして楽しめた.これら全部を「ブラック・ユーモア」に括っても構わないのだろうが「奇妙な味の小説」と言っても差し支えないと思う.

△e-NOVELS編『黄昏ホテル』(小学館 2004)
 架空のリゾート・ホテルを舞台に20人の作家が競作したアンソロジー.古びたホテルには怪談が似合うと見えて,20作中5編は幽霊譚ないしそのヴァリエイションである.あとはミステリ,幻想小説,ハードボイルド等.気に入ったのは篠田真由美,加納朋子,牧野修の作品.

○東野圭吾『天空の蜂』(講談社文庫 1998.親本 1995)
 東野は好みじゃないんで長いこと積ん読していたが,ふと読んでみたところ意外な内容――犯人たちが自衛隊に納入予定の巨大ヘリを奪って無線操作し,敦賀原発の上空でホバリングさせて,全ての原発を停止しなければ落とす,と国を脅迫するパニック小説.猶予は数時間,おまけにヘリには誤って潜り込んだ子供が乗ってる... 発表当時読んでたら絵空事に感じたかも知れないが,今読むとかなり現実味を感じる.クライマックス部分があっさりしすぎているという不満はあるが,取材はしっかりしており,原発問題の殆どはここでも既に示されていたのだった.

○冨永昌敬『アトムの足音が聞こえる』(2010 日)
 アニメ『鉄腕アトム』の効果音を創った「音響デザイナー」大野松雄の足跡を辿るドキュメンタリー映画.大野の「手を抜いても手を抜いたように見せないのがプロ」(だったかな? まぁそんな趣旨)という姿勢と,小杉武久から借りたという発信器の使い方が面白かった.

△日本文藝家協会編『現代の小説1996』(徳間書店 1996)
 今も続いている短編小説の年鑑.伊集院静,山口洋子,有吉玉青,長部日出雄といったベテラン作家の達者な小説を読むと,普通の小説も悪くないなとは思うが,当方にとっての普通の小説というのはミステリとかSFとか幻想小説なので,泡坂妻夫や眉村卓や山田正紀を読んだ方がやはりしっくりするのだった.でも,野坂昭如――阪神大震災の後日談を描いた「神戸鎮魂――五十年目の娼婦」――など,流石に凄いと感心.

○都筑道夫『宇宙大密室』(創元SF文庫 2011)
 著者唯一のSF短編集――あとはショートショート集と長編――ということになってるけど,収録作品数では「創作エロ民話」が最多なので,ちょっと首を傾げてしまうが,気にするまい.同タイトルのオリジナル版は1974年にハヤカワ文庫JAから→短編3作品を追加のうえ再編集,『フォークロスコープ日本』と改題したものが1982年に徳間文庫から→更に中編1作品とインタビューを追加のうえ再々編集,過去の文庫版解説も再録し,タイトルを元に戻したのが今回の創元版.よって,この「完全版」を買えば過去の2冊を買う必要がなく,都筑入門用にはお得な1冊.

○蔵原惟繕『狂熱の季節』(1960 日)
 川地民夫のトークがあるというので,阿佐谷ラピュタで再観.河野典生の小説「狂熱のデュエット」を元にした日活ヌーヴェルヴァーグ作品.物語的には破綻してる気がするけど,映像は今見てもモダン.邦画で初めて手持ちカメラのみでゲリラ的に撮影した作品だったとか,当初は郷^治が主役の予定だったとか,川地さんは夏の間だけ逗子駅前で氷屋をやっているとか,面白い話がいろいろ聞けた.

○霧舎巧『名探偵はもういない』(原書房 2002)
 デビュー作『ドッペルゲンガー宮《あかずの扉》研究会 流氷館へ』(講談社ノベルス 1999)が今ひとつだったのでその後読んでいなかったが,本作は本格と新本格が適度にブレンドされており楽しめた.「読者への挑戦」なんて見るのは久し振りだ...

○池永永一『テンペスト 上下』(角川書店 2008)
 琉球王国末期を舞台にした大歴史ロマン.昔の大河小説に較べればテンポが速い.いかにもお約束の展開ながら,抗い難い面白さ.NHKでドラマ化したそうだが――家は見られる環境にない――菊地秀行ふうエログロシーンをどう誤魔化して描いたか,全10回にどう収めたのかには,興味ある.

○結城信孝編『ミステリア』(祥伝社文庫 2003)
 女性作家限定のミステリー・アンソロジーシリーズ.篠田節子・新津きよみ・加納朋子・近藤史恵・皆川博子は読んだことがあるけど,牧村泉・明野照葉・桐生典子・山岡都・菅浩江は初めて.ミステリといえるのは新津・加納・近藤の作品ぐらいで,あとはむしろホラーだが,どれも面白い.

○ダーレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』(2010 米)
 スポ根的なバレエ映画を期待して観に行った人は,血腥さい描写と(エロティックというよりも)セクシュアルな描写にショックを受けるであろうサイコホラー.ナタリー・ポートマンの入神の演技とヘップバーン激似振りに圧倒されるだけでも観る価値あり.

○中島哲也『パコと魔法の絵本』(2008 日)
 泣くも笑うも一緒です((c)夕子と弥生).巧い監督である.

○武富健治『鈴木先生 11』(双葉社 2011)
 遂に完結.漫画史に残る作品の一つでしょう.

○諸星大二郎『西遊妖猿伝 西域篇 3』(講談社 2011)
○東陽片岡『シアワセのレモンサワー』(愛育社 2011)
○清野とおる『東京都北区赤羽 6』((Bbmfマガジン 2011)
○美内すずえ『ガラスの仮面 47』(白泉社花とゆめCOMICS 2011)
○日本橋ヨヲコ『少女ファイト 8』(講談社 2011)
 新刊が出たら必ず買うシリーズ漫画.あ,東陽さんのは初のエッセイ集.ガラかめは,ここのところ展開が早くなってきたとはいえ,今どきの連載漫画だったら数巻で済ませるところに40巻以上も費やしている所が凄い.

○堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫 2011)
 『原発ジプシー』(現代書館 1979→講談社文庫 1984)の復刊.「現場」を体験するために1978年9月から1979年4月にかけて美浜〜福島第一〜敦賀の3箇所の原発で日雇労働者として働いた記録.読んでいるだけで息苦しくなる過酷で危険な労働現場.汚れ仕事を日雇いに押し付けた電力会社の杜撰な管理.切られることを恐れて事故隠しに奔走する下請会社.手配師の阿漕なピンハネ等々.こうした構造は原発の始まりから恐らく何も変わっていなくて,これからも変わりそうにないと思うと,またしても暗澹とする.全くの偶然だが,作者が福島第一原発で働いていた1979年3月11日にも大きな地震が起こっている(事故には至らず).

○デュアル文庫編集部編『NOVEL 21 少年の時間』(徳間書店 2001)
○同『NOVEL 21 少女の空間』(徳間書店 2001)
 上遠野浩平・菅浩江・平山夢明・杉本蓮・西澤保彦・山田正紀(以上『少年』)・小林泰三・青木和・篠田真由美・大塚英志・二階堂黎人・梶尾真治(以上『少女』)による書き下ろし短編集.巻末に山田正紀と西澤保彦の対談を前後編で併録.脱-ジャンル小説といった意味合いで「ハイブリッド・エンタテインメント・アンソロジー」と銘打ってるけど,別にSFで括ったって問題ないと思う.どちらかというと「少年」編の方が面白かった.

2011.07.31 GESO

タイトル2011/04/18■190 After 3.11
記事No271   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:30:39
投稿者管理人
[3.11以後]
 想い出して色々メモしてみたが,どう書いても暗い愚痴めいた記述に終始しそうなので,やめた.
 兎も角,3.11を境に何かが変わってしまったという感覚を払拭することは最早不可能に思える.
 他の私的なストレスも絡んでいるが,あの日以来,足が地に着いていない気分が続いていて,時間感覚も少し狂ったままだ.数日後にはすっかり元気になった家の猫よりも,俺の方が遥かに脆い.
 以下には,3.9までに書いたメモを清書せずそのまま載せた.

2011.04.18 GESO

[前回のツヅキ]
 光文社文庫版『都筑道夫コレクション』(全10巻)や創元推理文庫版『退職刑事シリーズ』(全6巻)等も未だ絶版にはなっていないようだが,新刊書店で見掛ける機会が殆どないことが問題ですね.

○井上剛『その街のこども 劇場版』(2010 日)
 NHK大阪制作の阪神淡路大震災15周年記念テレビドラマの劇場版.「フィクションとノンフィクション」について考えさせられる作品だが,問題の核心は「と」の中にある(「と」思った).大友良英の音楽は端的に言ってソツがないがあまり印象に残らない.

○入江悠『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー★傷だらけのライム』(2010 日)
 今回は群馬の女子編.映画としては一作目よりも随分巧くなっている.ヒップホップに全然興味がなくても「地方の青春もの」として観られる普遍性を持ってるのは結構なことだが,この調子で果たして良きマンネリズムとして定着できるんだろうか? 三作目は栃木編だそうだが,そろそろ飽きられても不思議はないな.
 それにしても,このシリーズで観る限り,日本語のラップってEASTEND×YURI「DA.YO.NE」(1994)の頃と大して変わってないような気がするんだが... ま,俺は門外漢だからどうでもいいけど.

○オルドジフ・リプスキー『レモネード・ジョー 或いは、ホース・オペラ』(1964 チェコスロヴァキア)
 チェコ製西部劇にしてミュージカル・コメディー.下戸でレモネードしか飲まない正義のガンマン――でも結構間抜け.実はレモネードメーカーのセールスマンで,社長の御曹司――が悪人ども――あまり憎めない――と戦い,酒・煙草・博打に明け暮れる町民たちを健全化する――でもジャズと売春宿は許容範囲らしい――というお話.一応1885年のアリゾナが舞台になっているが,日活の渡り鳥シリーズみたいな無国籍感が漂う.涙は無いが,笑いもお色気もたっぷりのマッタリした馬鹿映画.

○辺見庸『いまここに在ることの恥』(角川文庫 2010.親本 毎日新聞社 2006)
 「ノーム・チョムスキーは私に、まさに鉈でぶち切るように、こんなことを語りました。――戦後日本の経済復興は徹頭徹尾、米国の戦争に加担したことによるものだ。サンフランシスコ講和条約(一九五一年)はもともと、日本がアジアで犯した戦争犯罪の責任を負うようにはつくられていなかった。日本はそれをよいことに米国の覇権の枠組みのなかで、「真の戦争犯罪人である天皇のもとに」以前のファッショ的国家を再建しようとした。一九三〇年代、五〇年代、そして六〇年代、いったい日本の知識人のどれだけが天皇裕仁を告発したというのか。あなたがたは対米批判の前にそのことをしっかりと見つめるべきだ――。陰影も濃淡も遠慮会釈もここにはありません。あるのはよけいな補助線を省いた恥の指摘でした。『マルスの歌』のような手法など通用しないのです。」(p.93)

○同『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』(角川文庫 2010.親本 大月書店 2009)
 「世界は怪しいのですが、われわれの内面はもっと怪しい。たぶん、われわれのゆがんだ内面は、無意識に権力の増殖に関与し、助けている。原題の権力は可視的な単体ではなく「絶えず無秩序な離合集散をくりかえす無数の合意によってなりたっている」とい欧州のある作家はいいましたが、ぼくらはシニカルに自他を笑いながら無意識に「無数の合意」のひとつを構成し、権力を助長しているのでしょう。これが無意識の荒みなのです。真剣に語ることを冷笑するウィルスをだれもがもっている。そうさせているなにかがある。」(p.117)
 辺見の黙示録を続けて読むと,流石に気が滅入る...

△同『私とマリオ・ジャコメッリ』(NHK出版 2009)
 筆者の真摯さとジャコメッリの写真の良さは疑い得ないにも拘わらず,何故か違和感を覚える.
 モノクローム写真への郷愁を人間にとって普遍的なものと考えていること.
 無意識をあたかも聖域であるかのように語っていること.
 「権力」や「資本」に対する素朴すぎる見方.
 といった点に理由がある.

○浅川マキ他『ロング・グッドバイ 浅川マキの世界』(白夜書房 2011)
 マキ自身の文章のほか,対談,インタビュー,写真,資料(ベスト盤が除かれている点を除けば初の完全ディスコグラフィーや,年譜,コンサート・リスト等)を満載した,ファン必携の公式ガイドブック.
 初めて知る逸話や印象的な談話が多く,興味は尽きない.
 ただし,ディスコグラフィーにベスト盤とEP盤が入っていないことや,コンサート・リストに誤りと思われる箇所や表記の不統一が多いことなど,不満もある.
 「マキさんの音楽について言うと、人が喉から発するのは声なんです。でも、声は歌じゃないんです。いまの歌手の歌になんの感動もないのは、ただ声が出ているだけだからですよ。でも声は歌じゃない」(つのだ☆ひろ)
 「(例えば)彼女が口にする「机」という響きは、机という形はおぼろげにイメージできるかもしれないが、むしろ個人としての机の記憶や、それに関連する体験の周囲的なイメージ、または自分の記憶にさえないものまで思い起こさせる誘発力を持っている」(スティーヴ)
 ちなみに「かもめ」と「懺悔の値打ちもない」はどこのカラオケにも置いてある定番歌謡曲だが,共に殺人者の一人称で書かれた歌詞であることに改めて思いを致すと,驚きを禁じ得ない.〈普通の人が感情移入して歌える殺人者の詩〉を書きえた寺山修司と阿久悠はやはりた只者ではない.

○ケン・グリムウッド『リプレイ』(新潮文庫 1990.原著 1986)
 この小説の本歌取りと言っていい乾くるみ『リピート』(文春文庫 2007.親本 2004)を先に読んでいたので,どうかなぁと思って読み始めたが,本作の面白さが減じることはなかった.
 杉山高之(訳者)が解説に記すとおり,「人生がやり直せたら、というのはあらゆる人間が抱いている夢です。これはあまりにも古く、あまりにもありふれたテーマだから、これを使って広範な読者を満足させる小説を書くことは至難の技です。ところが、ケン・グリムウッドはそれを見事にやってのけたといえるでしょう」.
 他方,乾が本作の日本版を書いた動機も推定できる.一つは,『リプレイ』は米国人の郷愁に訴える所が大きい作品だが,日本人にはそれを理解できても共有することは困難だから.もう一つは,『リプレイ』はジャンルミックス的作品ではあるが,乾の専門であるミステリの味わいは薄かったから.乾の試みが充分成功しているかどうかは意見が分かれるだろうけど,『リプレイ』という傑作に挑戦した果敢さだけでも賞賛に値するだろう.

△都筑道夫他『東京浅草ミステリー傑作選』(河出文庫 1987)
 京都・鎌倉・横浜・神戸・札幌等々10数冊刊行された「ミステリー紀行シリーズ」の1冊.
 アンソロジーの趣向としては面白いけれど,無理矢理集めた感じは否めず,収録作はいずれも面白いが「傑作選」とまでは言い難い.ミステリ的に出来がいいのは日影丈吉「吉備津の釜」と紀田順一郎「無用の人」ぐらいだろう.
 でも,井上ひさしのストリッパー情話「入歯の谷に灯ともす頃」などは,新保博久が解説で述べるとおり「とにかくいい話」ではあるから,悪くはないのだけれど.

○赤江瀑『オイディプスの刃』(角川文庫 1979.親本 1974)
 何で37年前に読まなかったのかを推定すると,当時は角川書店が嫌いだったからだと思う.遅まきながら読んだら,やはり良いものは良いのだった.後の短編群にも現れる「刀」や「香水」は既にこの最初の長編に登場し,馥郁たる血とジャスミンの匂いを放っている.
 タイトルに引き摺られて作品を精神分析的に解釈しようとする磯田光一の解説は,見当違いである.「あたかも刀が小説の主人公であるかのような印象さえ与える」と書いているが,この作品にあっては正に人ならぬ「刀」が主人公なのだから.

○ヤマザキマリ『ルミとマヤとその周辺』全3巻(講談社 2008)
 作者(1967年生まれ)が『テルマエ・ロマエ』だけの人ではないことを示す自叙伝的漫画.父親に先立たれた母一人娘二人の貧しい家族――母親がヴァイオリニストで演奏旅行で殆ど家に居なかったりするところは特殊だが――の昭和40〜50年代の日常生活が描かれる.泣ける話満載だが,単なるノスタルジーには終わらず,ビンボーでも卑屈にならず真っ直ぐ生きよという真っ当なメッセージが説教臭くなく届いて来て清々しい.

タイトル2011/01/30■189 クーパーVS.カウパー
記事No270   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:29:55
投稿者管理人
 DVDが出るのを待つよりもスクリーンで観た方がいいと思い『キック・アス』を再観.二度目でもやはり面白かった.
 ヒット・ガールは多分あずみより強い.

[早稲田松竹賛江]
 早稲田松竹は二番館最後の砦の一つで,気の利いた二本立てを安価で観られる素敵な小屋である.潰れないで欲しいものだ.
 今回観たのもなかなかイカス組合せ.

○テリー・ギリアム『Dr.パルナサスの鏡』(2009 英・加)
 博士の鏡の向こう側は,飛び込んだ者の欲望が実体化した世界...
 往年のモンティ・パイソンファンなら涙もののギリアムらしい奇天烈映像のオンパレード.ダレ場もあるが,総じて楽しい.
 重要な役どころのヒース・レジャーが撮影中に急逝するという危機――何て不運続きなんだ,ギリアム――を,ジョニー・デップら俳優三人が協力して四人一役(!)で乗り切ることができたのは,鏡の中に出入りする度に顔が変わる(こともある)という無茶な設定が許されるファンタジーならではだが,それにしてもよく完成まで漕ぎ着けたものである.
 トム・ウェイツが悪魔役で出演しているのも嬉しいが,あのメイクでは誰だかちょっと分からない...

△クリストファー・ノーラン『インセプション』(2010 米)
 俺はフロイト以来の「構造化された無意識」という概念をそもそも信じていないし,無意識の機能ということになっている「夢」を機械的に操作することが可能とも考えていないが,虚構=物語としてそういう理論を使う分には全然構わないと思っている――勿論面白ければ,だが.
 で,この映画は,他人の夢に侵入して意識を操作する話という点では古典的なSFだが,フロイト理論を歪曲した独特の夢理論に特色がある.
 俺は夢の中で夢を見るという二層構造までは経験があるけれど,その中でまた夢を見たり,更にその中でまた...といった三層以上までは経験したことがない.
 だが本作では,複数の産業スパイが「機械」――この構造が殆ど説明されていないのは本作の欠点の一つである――を用いてターゲットの夢の中に侵入し,その夢の中でまた「機械」を使って夢を操作するということを繰り返し,どんどん「深層意識」に潜り込んで行く.面倒なので途中で数えるのを止めたが,四層以上はある夢に,大勢が同時並行的に関与するのだ.
 各階層の夢は切り替わってより深い階層に進むのだが,前の階層の夢が途切れてしまうことはなく,個別にリセットされるまでそれぞれ並行世界のように継続する.階層を超えて行き来はできないが,それぞれの夢を同時に認識することは(熟練者であれば?)できるらしい.深い階層の夢になればなるほど成立が不安定になるが,時間の進行が「現実」と等差――等比まではいかない――級数的に遅れるという法則があって,それを利用して「作戦」を立てる者もいる...
 こうした複雑かつ独特な設定を取り敢えず受け入れない限り物語は成立しないので,誰にでもついて行けるものではなく,俺も最後まで違和感を拭い切れなかったけれど,映画としては,思弁的な描写を避け,現実的な戦闘=アクション場面や,現実にはあり得ない特殊映像を多用して興味を繋いでいるから,辛うじて娯楽映画として成立した感じである.
 「夢なのか現実なのか?」という落ちだが,これは藪の中ではなく,観ていれば分かることなので,余韻はむしろ少ない.

[永井豪賛江]
 豪ちゃんは「デビルマン」をリライトしたくて「激マン!」(「週刊漫画ゴラク」連載中)を描いているのだろうか?

[赤江瀑賛江]
 なるべく本屋には近寄らないようにしていたのだが,出張先で,何だか呼ばれているような気がしてブクォーフを覗いたところ,ずっと捜していた本が1冊だけあったので,驚いた.しかも偶々割引セール最終日で,通常の半額で買えた.たまにはこういうこともある... 幸運の小出しですね.
 その本は『禽獣の門 赤江瀑短編傑作選 情念編』(光文社文庫 2007)で,3巻ものアンソロジーのうち1冊.他の2冊――『花夜叉殺し 幻想編』『灯籠欄死考 恐怖編』(同)――は既に持っており,残りの1冊を探していたのだった.
 俺が初めて読んだ赤江作品は短編集『霧ホテル』(講談社 1997)である.これには正直さほどピンとこなかったのだけど,その後傑作選2冊を読んだら,遅まきながら嵌ったのだった.
 『傑作選』は,1970年のデビューから2006年までに発表された220作を超える短編の中から選ばれているが,この作家が一貫して反時代的な幻視者であったことが,読めば分かる.森真沙子・篠田節子・皆川博子という彼の眷属たる魔女の面々による巻末エッセイも興味深い.
 因みに,全巻に成田守正による懇切丁寧な「解題」が載っているが,これは説明が詳細すぎてやや興醒めである.
 篠田は巻末エッセイの中で「この作家に限り、ベストセラーになるのは不名誉であり、通俗作品に与えられる賞を受賞するのは屈辱であるような気がする。」「もはやそれ自体が魔と化したような作品群は、一刻もてはやされては捨てられていく流行小説の海の底で、ひっそりと妖しい光を放ち続けては、ごく少数の、彼によって選ばれ、洗礼を受けた読者たちを、これからも溺れさせていくことだろう。」という信仰告白にも似た賛辞を述べているが,彼女はこれと似通った賛辞を皆川博子作品のどれかの解説にも書いていたと思う.
 慥かに,皆川と赤江の作風には近いものがある.
 例えば赤江『恐怖編』所収「海婆たち」(1993)など,皆川作品だと偽って読まされても信じてしまいそうだ.
 また,皆川自身が赤江を意識していることは,彼女のエッセイを読んでも分かるし,作品内容からも疑い得ない.例えば―― 赤江『幻想編』の表題作「花夜叉殺し」(1972)は,噎せ返るような花の香りを「幻嗅」させる傑作だが,作品の主役は実のところ人ならぬ「庭」である.皆川の傑作短編「風」(1983)もまた「庭」が主役の作品であり,赤江作品を意識していない筈はないが,正攻法で挑戦するのを避け,敢えてシュールレアリスティックな手法を用いて差別化を図っている... というのは,勿論俺の妄想なのだが.
 兎も角,遅れて来たファンの特権として,これから初めて「ニジンスキーの手」(未入手)や「オイディプスの刃」(入手済み)を読めるという楽しみがあるので,ワクワクしているのだった.

[と言いつつも久々に新刊本を購入]
○東陽片岡『熟女ホテトルしびれ旅』(青林工藝舎 2011)
 東陽本はどれを読んでも同じなのに,新刊が出るとつい買ってしまう... 電車の中で読むのは流石に恥ずかしいが.

○都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』(集英社文庫 2011.親本 1975)
 数ある都筑作品の中でも際立った「怪作」.1980年に一度文庫化されて以降絶版だったから,実に31年振りの復刊ということになる.
 先の文庫版を持っているにも拘わらず買い直したのは,この作品にやられて作家になったという道尾秀介――「道尾」は「道夫」から採ったという――の熱い解説にほだされたから.俺は古書マニアじゃないので初版にはこだわらないけれど,この解説に出てくる装丁の説明を読んで,初版(桃源社)が欲しくなってしまった.見付けたら買ってしまうな,きっと.
 現在新刊で入手できる都筑の小説は,本書以外には「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ(光文社文庫)ぐらいしかないが,直木賞作家の威光を借りてでも何でもいいから,今回を機に主要作品群が復刻され新たな読者が生まれることを,ツヅキストとして希望する.
 因みに,全6巻のうち現在第4巻まで復刊中の「なめくじ長屋」は,各巻とも旧版2巻分を合本にした体裁で,旧版の解説も再録されているから,都筑入門用としてはお得だと思う.

2011.01.30 GESO

タイトル2010/12/31■187 さらば牛心主将
記事No268   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:26:41
投稿者管理人
[IMAGINATION MORTE IMAGINEZ]
 ベケットが「想像力は死んだ.想像せよ」と書いたのは,1965年頃らしい.その頃既に想像力は死んでいた訳である.
 後に1977年に吉岡実が,1994年に辻井喬がこの言葉を引用しているところを見ると,若干生き延びていた想像力もあったが,20世紀末までには多分死に絶えたのだろう.

[最近よく来るメール]
 似たようなのが矢鱈に届くのだが,数打ちゃ当たるってことか.
 本気にして反応するノータリンな人もいるんだろうか?
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Subject:父の遺言により●●家の遺産の不要分【1億円】を皆様にお配りするつもりでご連絡させて頂きました。

突然のお願いに戸惑われるかと思いますが最後までお読み下さい。「お金は必要としている機関、法人ではなく、必要としている人に配りなさい」というのが父の遺言でした。遺産の分配は●●家代々続いている《極秘慈善活動》の一つでもあります。
今年は他界した父に代わり、●●家の跡取りである私、●●●●が一人で責任を持ってこの慈善活動を成功させるつもりです。
現在、既に数名の方にお声をかけさせていただいた所、6名様へ今回の1億円のうち半分の50,000,000円分お配り完了しております。●●家の遺産で現在残っている現金50,000,000円、この中より全額もしくは貴方様のご希望額分お受け取りいただくことが可能です。
こちらは決して汚いお金ではありませんしご負担になる事は一切御座いませんのでご安心下さい。ご送金につきましては従来の送金方法とは違い《迅速》かつ《安全》にお受け取りできます。
また、受け取った後の税金等は秘密厳守して頂ければ問題ありません。
なぜなら合法的な方法で免除する術がありますので、貴方様が希望する額、全てをご自由に有効活用して頂けると思います。

詳しい詳細をお話させていただきますのでご興味・関心をいただきましたら私のほうまで【詳細希望】とご連絡いただければ必ずご納得いただけるご説明をさせていただきます。
そちらに目を通していただいてからこちらの遺産分配の話を受けるかどうか決めて下さい。詳細を拝見して信用性がなければそのまま無視していただいても構いません。

突然のお願いに戸惑われるかと思いますが、貴方様を信用し全てをお話しております。信用ある受取人として、遺産分配に興味をいただけた場合は、必ず【詳細希望】と御本人様から返信下さい。
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Subject:お礼をお渡しする準備は出来ています。お話を聞いて頂けないでしょうか?

先日のメールは見て頂けたでしょうか?妻を失った悲しみを忘れる事は出来ませんが、一生懸命働いている社員の為にも仕事を投げ出すわけには行きません。以前お送りしたメールでも申し上げた通り毎月200万円の謝礼金をお支払い致しますので、なんとか仕事を続けて行けるようにメール友達という形で僕に力を貸して頂けないでしょうか?

お話した謝礼金200万と前金の100万は、すでにお支払いする準備ができています。1人で生活している僕には特にお金の使い道は無いですし、お礼をお渡しする事で喜んで頂けたら僕も嬉しいです。無理なお願いをしていることは承知していますが人助けだと思ってメール友達の件、引き受けて頂けないでしょうか?お時間がありましたらご連絡お願い致します。
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Subject:【緊急連絡】口座に入金できません

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[最近よく読む作家]
○カミラ・レックバリ『説教師』(集英社文庫 2010.原著 2004)
 レックバリの「エリカ&パトリック事件簿」シリーズ二作目.
 本シリーズの舞台は,著者自身の故郷であり,恐らく愛憎半ばするであろう,フィエルバッカという実在の町である.
 そこは,昔は漁港として栄えていたが,凋落し過疎化して,今は風光明媚な観光地/リゾートとして辛うじて生き延びている田舎町.若者は都会に出て行き,残された住民の多くは老人で,旧い因習が残っている... こんな町はどこにでも――勿論日本にも――ある訳で,それが世界中の読者に親近感を抱かせる要因の一つになっていることは確かだろう.
 そんな死んだように平穏な町を震撼させるのは,猟奇的な連続殺人事件であり,事件の背景には,旧弊な共同体ならではの複雑な人間関係や,旧家に纏わる出生の秘密がある... また,今回はカトリック系の新興宗教団体が事件の鍵を握っている.
 スウェーデン産の小説ということにこだわると気付きにくいが,作品の結構は横溝正史とさして変わりないから――もっともレックバリの方はあまりトリック=ハウダニットには関心がなく,ホワイとフーに注力しているようであるが――ミステリとしての親近感はそこに由来するのかも知れない.ただ,21世紀のミステリとしてどうよ,という気がしなくもない.
 兎も角,舞台がストックホルムのような現代都市だったら,血縁関係が重要な意味を持つ事件を説得力をもって描くのは困難だろう.
 この二作目も確かに良くできているけれど,主人公がエリカから相方のパトリックに替わっただけで,一作目と同工異曲の感が強い――『宮殿』に対する『ポセイドンのめざめ』みたいなものだ.シリーズ作品には心地よいマンネリズムも必要だが,三作目も同じ路線だったら,ちょっと飽きそう...

○飛浩隆『象られた力』(ハヤカワ文庫JA 2004)
 SF中編4作を収録.これで公刊された飛の作品集は全部読んだことになる(ファンクラブ?が出したという限定本を除く).
 センス・オヴ・ワンダーがちゃんとあって嬉しい.

△香山リカ『ポケットは80年代がいっぱい』(バジリコ 2008)
 精神科医としての著者の言説には興味ないが――勝間和代との関係は対立ではなく相互補完だと思うし――本書に限っては史料的価値があるかも知れない.
 アングラとサブカル両域を往復して過ごした医大生時代を振り返った「青春クロニクル」だが,率直な書きぶりには好感が持てた.
 最も納得できたのは,あとがきに示された時代認識だ.もとより「70年代」「80年代」などと区切りのいいディケイドで括ることが便宜に過ぎないのは,当然である.俺の認識では,敢えて括るなら1970年代半ばから1980年代半ば頃までが一括りできる時代ということになるのだが,香山の認識もこれに近く,時代の変わり目を1985年の「プラザ合意」に見ている.その後の「バブル景気」がマイナーな世界にまで影響を及ぼしていたことは――当時はそんな認識は全く持てなかったのだけれど――今となっては納得できる.
 あと,『HEAVEN』周辺の人たちについて「彼らの世界では「グズグズすること」が一種のお作法になっている」という描写にも同感.これは吉祥寺マイナー周辺の連中についても同様で,ライヴ打上げの飲み屋一つ決めるのにも,グズグズと1時間近く歩き回ったりしたこともままあった.
 オマケに載ってる中沢新一との対談(2007)を読んで,「リカさん,オウムや椎名桜子の話でも振って突っ込んだれよ!」と思ったが,勿論香山はそんな行儀の悪いことはしない.ニューアカ時代の業績を自負する中沢の脳天気な自己肯定ぶりにはある意味感心した.このくらいの図々しさがなければ世の中渡っていけないのだな...

○沼田まほかる『アミダサマ』(新潮社 2009)
 長編4作目.「スティーヴン・キングへの日本からの回答は『屍鬼』ではなく『アミダサマ』だ」というキャッチコピーを思い付いたけど,没ですね,すいません.
 (廃車場に棄てられた)冷蔵庫の中に遺棄された子供の独白から始まる所からして,例によって嫌ぁな物語であるが,今回は導入部やエピローグを含んで一般のホラー小説のフォーマットに近い作りになっており,読みやすい.
 『天使の囀り』『エクソシスト』『ペット・セマタリー』等,過去に読んだり観たりしたホラーを想起させるし,笑える場面さえある――勿論黯い笑いだけど.しかし,やはり尋常とは言えない過剰さがそこここに溢れ出している...

△沼田まほかる『痺れる』(光文社 2010)
 最新作は,初の短編集.
 レヴェルは高いしヴァラエティに富む――ユーモアミステリに近い作品すらある――半面,この作者でなければ書けないと思わせるものはなく,器用だという印象しか残らない所が淋しい.やはり長編型の作家なのだろうか.

[その他の作家]
○田中圭一『みなりの青春』(dcp 2010)
 尻窄みに終わった『鬼堂龍太郎・その生き様』以来田中圭一離れしていたが,久々に読んだ最新作は良かった.ケータイ配信していた四齣漫画で,本来の徹底下ネタ路線がいっそ爽やか.
 表紙で女子高生(みなり)が「都条例がなんぼのもんじゃい!! こちとら非実在青少年でい!!」と啖呵を切ってるエロ漫画の帯用コメントを,石原"卑しい政治家だからこいつの意見は聞く必要はない"慎太郎に貰おうとして,事務所に断られたというが,そりゃそうだろう.都知事様は漫画は下賤だから一切読まない――でも弾圧はする――そうだから... でも,都庁には見せたらしい.結局帯のコピーは「怒られるかなあ」というものだが,勇気があるんだかないんだか...

○連城三紀彦『私という名の変奏曲』(新潮文庫 1991.親本 双葉社 1984)
 冒頭から叙述トリックであることを隠さない挑戦的なミステリで,一人の女が七人の男女に七回殺されるという不可解な事件が描かれる.
 シャプリゾへのオマージュだろうが,巧緻さで本家を超えていると思う.
 シャプリゾと言えば『シンデレラの罠』は慥か映画化された筈だが――嘗て創元推理文庫のカバーにはそのスティル写真が使われていたと記憶する――再上映もビデオ化もされていない様子なのは,出来が悪かったからか? そもそもあの小説をどうやって映画化し得たのか? 気になる...

○南條竹則『満漢全席 中華料理小説』 (集英社文庫 1998.親本 1995)
○同『猫城』(東京書籍 2001)
○同『あくび猫』(文藝春秋 2000)
 南條さんの浮世離れした長閑で楽しい小説が売れない――大概初版絶版――とは,何と世知辛い世であることよ...

[その他備忘録]
△舛田利雄『女を忘れろ』(日活 1959)
 慥か70年代か80年代に観て以来,久々に観直した.堂々たる通俗映画(やや暗め).物語自体は陳腐↓.
http://www.weblio.jp/content/%E5%A5%B3%E3%82%92%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%8D
 主役は勿論アキラとルリ子で,奮闘しているけれど,重要な脇役である南田洋子や金子信雄の演技のレヴェルには及んでいない.

△司凍季『さかさ髑髏は三度唄う』(講談社文庫 1999.親本 1993)
△「uramado outfits vol.3」 [PAN・los doroncos・鈴木健雄トリオ・ミック+西村卓也+森川誠一郎・石渡明廣+今井次郎+久下惠生・maher shalal hash baz](12/25,新宿JAM)
○倉地久美夫ソロ〜庭にお願い〜(12/28,高円寺円盤)
○倉地久美夫+外山明デュオ(12/29,高円寺円盤)

2010.12.31 GESO

タイトル2010/11/24■186 あなたのえらさはなんポッチ?
記事No267   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:25:54
投稿者管理人
[NO THOUGHT, NO MUSIC]
△ドラム・マガジン・フェスティバル(10/23,24 DIFFER有明)
 ドラム専門誌主催による二日間のイヴェント.人気ドラマーのソロ又はリーダーバンドを結集した,読者=ドラマー志望者へのサービス企画というタテマエだが,ホンネが楽器メーカーと楽器店による商品プロモーションであることは,当然である.
 各社のブースが向かい合わせにびっしり並んだ通路を抜けなければライヴ会場である大ホールに入れない配置になっているの見るだけも,それは明らかだ.
 ドラムセット――アコースティックもエレクトリックもあり――やパーカッション,エフェクター,関連アクセサリーをブースで販売しているほか,ドラムクリニックや楽器の試奏コーナーも豊富.客や店員があちこちでてんでにドラムスやパーカッションを試奏しているので,喧しいこと夥しい.
 世間にはドラマー志望者がこんなに大勢いるのかと,正直驚いた.
 俺の目当ては外山明+倉地久美夫のライヴのみなので,二日目のごく一部を観ただけだが,ライヴ会場の防音が不充分なため,扉が閉まっていても外の音が常に漏れ聞こえてくるし,人の出入りでドアが開閉される都度,騒音がもろに飛び込んでくるのには,閉口した.
 熊谷徳明はフュージョンの典型のような16ビート叩きまくりの演奏.ドラム小僧にとっては良いお手本なんだろうけど,部外者にとっては面白くも何ともない.
 芳垣安洋のRADM Jaz――高良久美子(vibs)・高田漣(g)・曽我大穂(fl,鍵盤ハーモニカ)・井上陽介(b)――は,カンタベリー風のオリジナル曲と1920年代のスタンダードナンバー(タイトル失念),そしてビクトル・ハラ「平和に生きる権利」の3曲を演奏.控えめなドラミングに好感が持てたし――手数の多いドラムは嫌いだ――歌心を感じさせる演奏で良かったけれど,全曲インストだったのはちょっと物足りない.
 トーマス・ラングの演奏は,殆どローランドVドラムのデモンストレーション.後半もう一人――名前失念.スケジュール表にも出て来ない――が加わって,そちらはオクタパッドを演奏.MCもスポンサー=ローランドをヨイショする内容で鼻白む.うーん,どうでもええわ.
 外山明+倉地久美夫の演奏は,このイヴェントにおいては明らかに異質で,途中で退出する人も多く,最後まで立ち会った観客は当初の半数ぐらいだったが――それでも100人ぐらいはいたか?――アウェイでこのくらいの観客に興味を抱かせることができれば,充分という気もする.
 この日の主役は外山ということなので,通常はMC役の倉地が喋りをセーブしていた点を除けば,いつもの息の合った倉地-外山デュオだった.

△John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2010(11/6,青山学院アスタジオ)
 開場と同時に始まる「33 1/3 (1969)」は観客も参加できる「開かれた作品」なので,俺も,そこいらに撒き散らかされたLPレコードから好きな盤を選んでプレイヤーを操作しながら再生した――そういう作品なのだ――が,本来は参加者全員の音がミックスされて再生されるべきなのに,俺がいた会場外のレコードプレイヤー群の音と,会場内のそれとが,別系統のPAで再生されていた(らしい)のは残念.
 他の演目は有馬純寿・美川俊治・村井啓哲による「Cartridge Music (1960)」,ニシジマ・アツシによる「Variations II (1961)」,佐藤実・三浦礼美による「TWO3 (1991)」,村井啓哲による「4'33" (1952)」.
 乱暴に纏めれば,退屈さと緊張感が同居するライヴ演奏だった.最後のぬるいトークセッションには得るものなし.
 「4'33"」の「新たな可能性は個人による自分自身のための独奏である」とされ,「今回はその模様を映像で実況配信」するという試みがなされた.確かに,この作品が初演当時持っていた音楽批評の実践としての非-演奏行為の意義も衝撃性も――デュシャンのレディ・メイドの意義や衝撃性がそうであるのと同様に――今日では既に失われている以上,別の可能性を求めて試行錯誤するしかないのだろうが,そうまでして再演する必要があるのか,疑問である.伝説として語り継いでおけばいいんじゃないの?

× 最近観た色んな演奏を往年のバンドのそれと比較して評するならば,例えば「ザ・ワークから思想性を抜き去ってリズムとコードの変奇さだけで演ってるみたい」だとか,「ユーモアのセンスを欠いたサボテンみたい」だとか言いたくなってしまう.他にも,巧いだけで面白くも何ともないソロ演奏とか,韜晦的な言葉で信者を煙に巻いてるカリスマ音楽家など,正直うんざりする方々ばかりである.
 懐古趣味に走るつもりはないが,どうしてたって昔の音楽を聞く方が面白い.
 ...といった具合で,今どきの音楽について何か言おうとしても殆ど愚痴か悪口ばかりになってしまうので,これからは何も書かないことにする.

[NO REALITY, NO MOVIES]
△監督・脚本 吉田喜重『鏡の女たち』(2003 日)
 「東京の閑静な街に暮らす老婦人<岡田茉莉子>とその孫娘<一色紗英>の前に、失踪して行方がわからなかった娘、そして孫娘にとっては母と思われる女性<田中好子>が、24年ぶりに現われる。だが娘と思われる女性は記憶を失っており、それをよみがえらせるために母は娘と孫娘とともに、広島に向かった。原爆はあの閃光を見た死者のみが語ることができる。生き残ったわれわれにそれを語る権利があるのだろうか。原爆を表現することの不可能性を鋭く問いかける、吉田監督らしい作品。カンヌ国際映画祭特別招待作品。」(東京国立近代美術館フィルムセンター.<>内は俺の補足)
 ということで,テーマは深刻だが,感触はテレビの2時間サスペンスドラマに近い.
 だが,今どき「記憶喪失」を出してくる安直さ,ときに芸術的すぎて臭い台詞や映像の違和感,途中まで回想シーンが全くないのに後で二度出てくる不徹底さなど,疑問を感じる点が多い.
 いっそ俗っぽい作品に徹底すれば良かったのに,と思う.

[NO IMAGINATION, NO STORIES]
○千街晶之 選『皆川博子作品精華 迷宮 ミステリー編』(白泉社 2001)
 アンソロジー三部作の第一弾(第二弾は既読の『幻想編』).
 『幻想編』に較べると遥かに現実味があって普通のミステリ小説に近い作品群ではあるが,ありきたりの作品は皆無,
 漫画化するなら上村一夫しかない...と,あり得ぬ「絵」を妄想せずにはいられない惨酷美の「蜜の犬」.一見社会派ミステリと見紛うばかりの「疫病船」.純文学と見紛うばかりの――掲載誌は「小説宝石」や「小説現代」なのに――「私のいとしい鷹」や「反聖域」... どれをとっても謎解きを無邪気に愉しむ類のミステリとはほど遠い,ジャンルを跨ぎ越した複雑な味わいを醸し出している.最も普通のミステリに近い「孤独より生まれ」のような作品でさえ,嫉妬を生々しく描いた濃密な恋愛小説の貌を併せ持つ.「リアリズムもある方向に徹底すれば幻想に変容する」(千街晶之)ことを知悉した仕業.あな恐ろしやミナガワヒロコ...

○日下三蔵 選『皆川博子作品精華 伝奇 時代小説編』(白泉社 2001)
 アンソロジー三部作の完結編.
 岡田嘉夫の挿絵とのコラボ連作『絵草子妖綺譚 朱鱗(うろこ)の家』+オリジナルの俗謡や清元まで含む短編傑作選+事実上のデビュー作である少年向け時代小説『海と十字架』という贅沢な三部構成.
 『朱鱗の家』の12編中5編は「絵が先」とのことだが,どれがそれなのか,絵も物語も完成度が高いため当てるのは難しい.『逆想コンチェルト』とはレベルが違う...
 単独の短編の中で「渡し舟」は都筑道夫に似ていると思ったが,想像を逞しくするなら,これは両者とも岡本綺堂の影響を受けているからだろう.綺堂は宮部みゆきもお手本にしているが,時代小説/怪談小説作家として極めて重要な存在である.
 それにしても,「児童文学」が「自動文学」になっている誤植は悲しすぎる...

○美内すずえ『ガラスの仮面 46』(白泉社 花とゆめCOMICS 2010)
 二か月続けてのリリースというのは初めて.反動であと二年くらいは出ないのでは,と心配になる.
 ここのところ,話の展開が極端な感じのガラかめだが,この巻では,マヤへの嫉妬で鬼女と化した鷹宮紫織が今までとは別人みたいで怖すぎ...

○飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使U』(ハヤカワ文庫JA 2010)
 『グラン・ヴァカンス』に続く中編集.
 内容的には前日譚だが,「大途絶」の原因が明かされるため,こちらを先に読んでは興醒め.後に読むべきだろう.かなり考え抜かれたSF設定であることが分かり,感心する.シリーズ完結まで少なくともあと3,4巻を要すると思われるが,『V』も未だに出ていない現状では,いったいいつになることやら...

○カミラ・レックバリ『氷姫』(集英社文庫 2009.原書 2003)
 スウェーデンの女性ミステリ作家のデビュー作.
 普通のミステリならこの半分の分量で済みそうな物語がこれだけ長大になっているのは,登場人物の書き込みが端役に至るまで懇切丁寧だからだ.
 主人公が語る「本当に関心があるのは人間たちとその関係、そして心理的モチベーションだ。大抵の推理小説が、血にまみれた殺人と背筋をぞくぞくさせる興奮を優先するために失っているもの。」という言葉は,そのまま作者のモットーと捉えていいだろう.
 その志は良いとして,読者としては謎解きの興味も両立させてもらいたい訳だが,本作はやや驚きに欠ける向きもある.
 でも,続きを読まずにはいられなくなるシリーズ作品なので,2作目『説教師』を読み出したところ.
 本国では既に7作が刊行済みというが,この翻訳ペースでは,この先も6年遅れくらいでしか読めないだろうな...

○沼田まほかる『猫鳴り』(双葉文庫 2010.親本 2007)
 長編3作目.相変わらず読者に媚びない過酷な小説で,読むのが辛い.辛いが止められない.猫を飼っている人には取り分け読むのがキツイと思われるが,必読.

△川村俊一『虫に追われて 昆虫標本商の打ち明け話』(河出書房新社 2009)
○宮部みゆき『おそろし 三島屋変調百物語事始』(角川書店 2008)
○同『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(中央公論社 2010)
 よそにかんそうぶんをかいたのでしょうりゃく.

2010.11.24 GESO

タイトル2010/10/23■185 セデスだのバファリンよりもロキソニン
記事No266   [関連記事]
投稿日: 2013/10/05(Sat) 21:24:52
投稿者管理人
[久々の激情/劇場映画]
○三池崇史『十三人の刺客』(2010 日本)
 村を要塞化して敵を迎え撃つという時代劇の原型は,『七人の侍』だろうか?
 先に観ておきたかった工藤栄一監督によるオリジナル版(1963)は,ツタヤのDVDがずっと貸出中で観られず.
 工藤版では13人対53騎で戦ったということだが,三池版では13人対二百何十騎とかで,相当無茶なことになっている.でも結局,奇計も駆使して「為すべきこと」(=明石藩主暗殺)は為されてしまうのである.
 天願大介脚本の所為なのか,三池作品にしてはかなり抑えた演出になっているが,エンディングが今ひとつなのはいつもどおり.だがファン以外の鑑賞にも耐えるから,三池監督の代表作になるかも知れない.
 兎も角,シンプルな筋書きに徹して最後の乱戦シーン――20〜30分?――に注力し,勢いで見せた演出は正解.平田弘史の漫画が実写化されたかような爽快感がある――血塗れだけどさ.
 稲垣吾郎のニヒルで嗜虐的な藩主役は結構ハマってて良かったが,残虐非道の「限りを尽くした」と言うには物足りず,鬼畜なシーンをあと一つ二つ入れた方がバランスがとれて良かったのでは? でもアイドル――薹が経ってるけど一応――としての制約下では,頑張っていたと思う.
 他方,伊勢谷友介がお下劣ギャグのシーンを含めておいしい所を攫っていたり,松方弘樹の殺陣が別格だったり,見所豊富で,久々に見応えある邦画であった.

[飽きずに読書/読書の秋]
○杉浦日向子『呑々草子』(講談社文庫 2000.親本1994)
 間違って昭和に生まれた江戸の人=杉浦日向子と相方ポ嬢の,足の向くまま気の向くままの道中記.
 はとバス エンジョイナイトコースに参加したり,飛騨の裸祭を観に行ったり,香川まで讃岐うどんを食べに行ったり,東京の地酒の蔵元を見学したり,鹿児島までバスで行ってとんぼ返りしたり,末期のジュリアナ東京で踊ったり.ベニテングタケを食べたり... それほど特殊な所には出向いていないが,何処でも鯨飲馬食,日程的にもかなり無茶している.今から思えば,命懸けの暇潰しだったのだろう.
 杉浦の一見巫山戯た雑文から滲み出る明るい虚無に触れると,掛け替えのない戯作者を失ってしまった淋しさを覚えずにはいられない.

△松井今朝子『今朝子の晩ごはん 忙中閑あり篇』(ポプラ文庫 2009)
○同『三世相』(角川春樹事務所 2007)
○同『そろそろ旅に』(講談社 2008)
 暫く読んでなかった松井作品を纏め読み.ブログ本『晩ごはん』シリーズは――時折鋭い劇評などがあっておぉ!と思ったりするけど――まぁどうでもいいと言えばいいのだが,小説にはハズレなし.
 『三世相』は並木拍子郎種取帳シリーズ三作目で,地味な人情噺ながら一応ミステリ.良くも悪くも安心して読める.
 『そろそろ旅に』は杉浦日向子が一番好きだった大江戸バブル期=天明時代が主な舞台となる,十返舎一九の半生を描いた小説.武士に生まれながら町人になった一九は,近代的自我を持ったデラシネであるのに加えて,自分の身代わりになって死んだ幼友達が中に入ってる二重人格者として描かれる.当時にあっては相当きびわるい存在だと思われるが,現代人には感情移入できるのではないかしら.後半やや駆け足になるのが残念だけど,読み応えあり.

○南條竹則『りえちゃんとマーおじさん』(ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスedge 2006)
 『酒仙』の作者だから不味い小説を書く訳がなく,案の定 読めば直ちに中華料理が食べたくなる美味しい小説だった.

○美内すずえ『ガラスの仮面 45』(白泉社 花とゆめCOMICS 2010)
 物語としては端々まで陳腐と言っていいし,作中の演技論に首肯できる訳でもないのに,どうしてこんなに面白いのか? 物語のあらゆるツボを押さえているからだろうか.

○武富健治『鈴木先生 10』(双葉社 2010)
 奇しくも文化祭向け演劇バトル編(前編).ここで熱く語られる演技論を全面的には支持できないにせよ,作者に演出の実体験があることは疑い得ない.どこでやってたんだろう?
 この濃密な漫画も,どうやら次巻で完結するらしい.

○清野とおる『東京都北区赤羽 5』(Bbmfマガジン 2010)
 これも相変わらず面白い.「赤羽」の力か作者の力か?――多分両方.

○ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ U』(エンターブレイン 2010)
 Tを読んで,テーマが「お風呂」限定じゃネタが尽きるんじゃないかと心配したけれど,杞憂だった.
 個々のエピソードに加え,全体を通しての太いストーリーも見え始め,ますますもって面白い.

○皆川博子『たまご猫』(ハヤカワ文庫JA 1998.親本 中央公論社 1991)
 皆川はオールラウンドの小説家だが,本来は冥界からの使者の如き怪奇幻想惨酷頽廃美の人.
 殆どの収録作品が中間小説誌(←死語?)から発注されたものだったためか,マニアックになりすぎぬように,かつ,格調を落とさぬように,制御された職人技で書かれており,見事な出来映え.

○井上雅彦監修『ひとにぎりの異形』(光文社文庫 2007)
 傍系の企画本を含めると既に50冊を超える「異形」シリーズは,未だ数冊しか読んでいないけれど,偉業と言っていいと思う.
 本作は81人の作家によるショートショート――一齣漫画を含む――を81編収録したアンソロジー.「おーい。でてこーい」のように歴史に残りそうな名作こそないものの,水準は高く,楽しめる.
 皆川博子は異形シリーズにもしばしば参加しているが,常にも増して奇想を凝らした作品を寄せることが多いようだ.本アンソロジー収録の「穴」というタイポグラフィックな作品も,78歳(当時)とは思えぬ若々しさを感じさせる.

○東雅夫 選『皆川博子 作品精華 幻妖 幻想小説編』(白泉社 2001)
 『死の泉』以来久々の皆川マイブーム/高校時代以来久々の幻想小説マイブームが来ている感じ... 多分現実逃避なんだけどね.
 それは兎も角,本書は選りすぐりの短篇を集めた 読むドラッグ.冒頭作品「風」からいきなりぶっ飛んでいる.作品の配列も絶妙(←これは選者の功績).それだけに僅かな誤植と表記不統一の瑕疵が残念.だけど,なんで白泉社?

○日本推理作家協会編『最新ベスト・ミステリー 不思議の足跡』(光文社カッパ・ノベルス 2007)
 伊坂幸太郎・石持浅海・恩田陸・鯨統一郎・桜庭一樹・柴田よしき・朱川湊人・高橋克彦・畠中恵・平山夢明・松尾由美・道尾秀介・宮部みゆき・山田正紀・米澤穂信というラインナップは,豪華と言っていいんでしょう.
 探偵役が人間じゃない作品が多く,それ以外の作品も概して「奇妙な味」が売りで,オーソドックスなミステリが一編も入っていない点が特色だが,このアンソロジーもまた水準が高くて,楽しめる.

△神林長平ほか『逆想コンチェルト 奏の1』(徳間書店 2010)
 「イラストレーター森山由海氏のオリジナル・イラスト二点を渡された三人の小説家が、そのイラストが扉絵・挿絵になるような短編小説を執筆、そして森山氏は、あらためて三点目のイラストをそれぞれの末尾に描き下ろす」という企画で,イラスト4組×3人=計12人の作家――SF系多し――が参加したアンソロジー.イラストの絵柄が嫌いなので閉口したが,アイディア自体は面白い.
 与えられたイラストの解読そのものを主題にした浅暮三文・飯野文彦の作品はこの企画に最も沿っていると言えるが,この手は一度限りしか使えないし,もとよりイラスト抜きでも読ませる小説になっていなければいけない筈である.
 中では,梶尾真治・図子慧の作品が,共にオーソドックスながら気に入った.

△平井玄『愛と憎しみの新宿――半径一キロの日本近代史』(ちくま新書 2010)
 東京都新宿区という「周縁」を中心に据えた近代史を,筆者の個人史と重ね合わせて描く.確かに分類困難な作品だが,私小説の変種だと思う.
 自ら関わった多くの運動家・思想家・実践家・芸術家が登場するが,筆者の立ち位置は傍観者以上共犯者未満,時に伴走者.一貫して観察者である.新宿の暗部を世界の暗部と通底させるシュールな妄想力を共有できる読者にとっては,良書なのだろう.

○チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』(河出書房新社 1999.原著 1998)
 作者の没後に発表された日記の体裁だが,実際には1991〜1993年(71〜72歳)のうちの33日分しか書かれていないから,日付の入った随筆と言った方がいいだろう.雑誌社のお蔵入り企画の類だったのかも知れない.
 1992年8月28日以降の日記がそれ以前に較べて「小説的」なのが気になった.
 「理想を言えば、徐々に衰えていくのではなく、死ぬ瞬間まで書き続けたい。」という言葉が端的にもたらすのは,唯我独尊の「全身小説家」というイメージである.
 「書くことをやめようとする作家たちの気持ちがわたしにはまったく理解できない」ということだから,彼から見れば,断筆を宣言する作家や,「書くことがない」ということを書く作家などは,作家ではないということになろう...
 同時代の作家たちに関しても辛辣で,「ちょうど水漏れのする蛇口を修理するように、誰もが覚えた仕事をこなしているだけだ。」と述べている.
 一方,タイプライターよりもコンピュータ――と言ってもMacintosh IIsi――で書く方がいいと繰り返し述べているのは,意外だった.
 例えば,「二倍の速さで書けて、作品の質がまったく損なわれない」「クラシック音楽、葉巻、コンピューターが、文章を踊らせ、わめかせ、大声で笑わせてくれる。悪夢の人生もまた手助けしてくれる。」等と語り,タイプライターからコンピュータに乗り換えたら「魂」を奪われたかのように怒る編集者がいることに呆れたりしている.
 邦題は原題と全く異なるが,共に本書の中から引用したフレーズである.個人的には原題――「船長は昼食に出かけ、船乗りたちが船を乗っ取ってしまった」――よりも,邦題――正確に引用すれば「わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いている」――の方が良いと思う(←これは訳者=中川五郎のセンス).

○沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』(幻冬舎文庫 2009.親本 2006)
 『九月が永遠に続けば』(2004)で(58歳で)新人デビューした作者の第2作.
 ありがちな恋愛/不倫小説と思って読み始めると痛い目に遭う,これもまた過酷な作品.嫌ぁな気持ちになりつつもページを繰る手が止まらず,読了したときには放心...

○大海赫『メキメキえんぴつ』(太平出版社 1976)
 最近復刊されたと聞く幻の児童書.
 謎の女性から30円で買った5本の「メキメキえんぴつ」の脅迫と攻撃に晒されて,主人公の小学生は否応無しに勉強に励み,成績が上がる...という表題作を始め,ちぎり捨てたカンナの花の精?(オッサンだけど)の復讐で,大人の体にされて元に戻らなくなってしまう子供の話など,何ら教育的道徳的効果はなさそうな物語5編を収録.
 教訓があるとしたら,恐らく「この世には理不尽なこともある」ということだろう.
 小学校低学年時分に読んだら,一度見れば忘れがたい著者自身による不気味な挿絵と相俟って,きっといつまでもベットリ黒々と記憶に残るに違いない.
 これが気に入ったよい子の皆さんは,大きくなって徳南晴一郎を読めば,きっと気に入ることでしょう.

○飛浩隆『グラン・ヴァカンス 廃園の天使T』(ハヤカワ文庫JA 2006.親本 2002)
 世界――と言っても,人類滅亡後(?)に残されたAIたちが暮らす仮想空間の一つ――が壊滅する一日を甘美に描いたSF.エログロもたっぷりなのに叙情的.非常に視覚的な作品で,今敏にアニメにして貰いたい――もはや叶わぬことだが――と思ったのは,『パプリカ』の映像を連想したからかも知れない.

[甘損/あまぞん]
 恩恵を被りつつも思うこと,
 アマゾンマーケットプレイスが,利益分を含めて「送料」と表示したり,厚さ2cmを超える(規格外の)商品をメール便で送れたりするのは,やはり不公正だ.

2010.10.23 GESO